「棺桶(かんおけ)まで歩こう」とはそそるタイトルだ。著者は在宅緩和ケア医。外科医として病院勤務しているとき、がん患者らが治療に苦しんで死んでいく姿に疑問を抱き、普通の生活を家で送りながら苦しまずに死ぬことはできないかと追求し続けた。彼はたとえ治療をやめても「歩けるうちは死なない」と言い切る。実例を挙げ、だから歩こうと呼びかける。「僕は、病院での治療を否定するわけではありません。ただ、治療をやめて、家で人生を終えるという選択肢も知ってほしい」と言う。がんと戦うための本は多いが、本書は違う。だがなぜか元気が出る。そこが魅力的なのだ。
読みやすいエッセイ風の文章のあちこちには、現代医療のあり方に対する痛烈な批判も隠れている。いまは何人の命を救ったかという数字がウリになる時代。死なせないことが前提で、家族も患者に「あきらめないでがんばれ」と言う。病院も経営優先で、薬は出すし手術もするけれど、お金にならない「心のケア」は後回し。けれどそれで苦しむ人を救ったことになるのか、と疑問が浮かんだ。
私の父は自宅介護で、食べなくなって十日で点滴を外し、その十日後家族に見守られて逝った。「僕は、いつか『看取(みと)り』という言葉が『お別れ会』と同義語になる時代が来るとうれしいなと思っています」と著者は書いているが、家族が思い出話で盛り上がり、「ありがとう、いつかまたね」と泣かずに父を見送れて、たしかに幸せな「お別れ会」になった。
もちろん、「治療か死か」という二択を前に、治療を選択しないことは容易ではないだろう。闘病中の人には、書いてあることが楽天的に思えるかもしれない。けれど、自分の死に方は自分で選びたいという結論に達したら、本書はとても頼もしい道標(みちしるべ)になるはずだ。=朝日新聞2026年5月2日掲載
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幻冬舎新書・1034円。25年11月刊、14刷13万5千部。「高齢者に読みやすいよう大きめの活字で組んだ。棺桶や死という暗さを、歩けるうちは死なないと希望に変えたことが支持されたのでは」と担当者。