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若林正恭「青天」 気持ち良さもたらす心意気

 お笑いコンビ、オードリーのメンバーである著者の小説デビュー作だ。インタビューによると「おじさんに向けて書いた」作品であるという。著者とほぼ同時代を生きてきた“おじさん”である僕の胸にはしっかり届いた。

 『青天』は【アオテン】と読む。アメフトで相手選手に当たり負けし、仰向けに倒されることを指す。選手にとって何よりの屈辱であるそうだ。主人公は総大三高のアメフト部に所属する“アリ”。彼の高3の1年間を舞台に、著者自身が青春時代に打ち込んだアメフトへの愛がこれでもかと込められている。

 誰もが知っている競技というわけではなく、ルールの説明が詳細につづられているわけでもない。一見取っつきにくい印象だが、前へ前へと読み進めていけるのは、プレー中に聞こえてくる音を、見える風景を、何より感じる痛みをアリと一緒に追体験できるからだ。〈堂々と殺し合いを認めている〉という競技の過酷さがまさに痛いほど伝わってくる。

 それでもこの物語を雑に「アメフト小説」と分類したくないのは、アリの思春期特有の生きづらさに共感できるからに他ならない。青春時代の普遍性と、競技の特異性、そして誰もが記憶にある胸の痛みと、小説でしか体験できない肉体的な痛み。そのすべてが縦軸であり、横軸だ。

 第1~4Qと章分けされた構成はキレイに起承転結にわかれ、決して派手な仕掛けが施されているわけでもない。それでもこの読書には終始気持ち良さが満ちていた。著者の「絶対に読者を楽しませる」という心意気を感じた。芸人という職業の特性ではなく、著者自身の資質だろう。

 そんな人が書いたはじめての小説である。むろん“おじさん”のためだけに存在しているはずがない。=朝日新聞2026年5月9日掲載

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 文芸春秋・1980円。26年2月刊、5刷28万部。担当者は「40~50代の男性の支持が厚い。様々な価値観が尊重される現代、人と人が真正面からぶつかる姿を率直に描いた点も共感につながっているのでは」。