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未開の研究分野に挑戦し続けた日本語学者・山口仲美さん 著作集別巻『日本語の問題』刊行記念インタビュー

山口仲美さん=有村蓮撮影

口絵写真に驚いた

――本を開いたとたんに山口さんの子供の時からの写真が目に飛び込んできて、びっくりしました。

 驚かせてごめんなさい。1頁~4頁の口絵写真は、「付編」の「インタビュー」に使った写真を中心に収録してあります。口絵の方が写真に適した紙を使えますから、鮮明なんですね。アクセサリーと思って楽しんでいただけると、うれしいです。

別巻は、「日本語の歴史」を体現した一冊

――今回、著作集別巻を刊行した理由は?

 別巻は、著作集八巻をまとめた後に刊行した三冊の新書を寄せ集めたものと思われるかもしれませんが、実は、私の研究テーマである日本語の歴史を体現したような構成になっています。
 Ⅰ部の『日本語が消滅する時』は、日本語の未来について考えた著作。Ⅱ部の『男が「よよよよよよ」と泣いていた』は、泣く・笑うを表すオノマトペから、日本語の推移の実態を明らかにしたもの。Ⅲ部の『千年たっても変わらない人間の本質』は、過去の文学作品を対象にしています。
 つまり、未来から始まり、その途中の歴史的な推移の実態の解明を経て、過去へと連なっている。日本語を時間軸の中でしっかりつないだ構成なんです。

日本語が消滅しないためにできること

――まずは、Ⅰ部の『日本語が消滅する時』についてですが、「油断をすると日本語も消滅する」。そんな思いを持つようになった背景についてお聞かせください。

 私が日本語の危機について考えるようになったのは、今から20年前。新書『日本語の歴史』(岩波書店刊)を書いた頃です。この本は「日本語がなくなったら」というタイトルの章から始まっています。当時、英語熱が高まりつつあり、「英語さえできればいい」と考える人が増え、日本語をしっかり学ぶ大切さが忘れられ始めていると痛感したのです。日本語の良さが十分に理解されていないのではないかとも思いました。

――本書では、日本語の豊かさや面白さについてさまざまな観点から論じられていますが、特に山口さんが魅力的だと考えていることは何ですか?

 日本語で私が特に素晴らしいと思うのは、文字と文章です。ひらがな・カタカナは、日本人の考えだした独自の文字。世界中探してもどこにもない。
 そのひらがな・カタカナと漢字を組み合わせて書く「漢字かな交じり文」も、日本独自の文章様式。この文章様式はとても効率的なんですね。まず、語と語の間を空ける必要がない。さらに、重要な語は漢字で示されているから、漢字だけ辿るとおおよその意味が瞬時につかめる。
 英語をはじめとする多くの言語は、語と語の間に空白をもうけないと読めない。それから、日本語のように重要な語が視覚的に目に入りやすいわけではないから、日本語ほど文章全体の意味が瞬時につかめるわけではない。
 文字と文章は、外国のかたが日本にやって来た時に、日本語って面白いなあと肌で感じていただけるところだと思いますね。

――私たちが日本語に誇りを持ち、大切にしていくためには、どのような考えや取り組みが必要でしょうか。

 日本語は、私たち日本人の精神的な支柱となっているという意識をしっかり持つことです。日本人が日本語を失うと過去とつながることができないのです。人間は、過去とつながることができた時、はじめて安心感が得られます。根なし草ではなくなるからです。
 英語をはじめとする外国語を学ぶことは重要ですが、その前提として母語である日本語をしっかり身につけ、自分の軸を築くことが大事だと思います。そこから創造性も生まれてきます。
 言葉は生活環境から生まれ、物事の捉え方や価値観を形づくります。この日本列島に住むと、その環境から、生きるために必要な日本語が生まれ、日本人の世界観や文化を作っていくんですね。
 言語が消滅する一番の原因は、親がその民族の言葉を伝えようとしなくなることです。親が日本語に誇りを持ち、子供たちに日本語の素晴らしさを伝えていけば、日本語は消滅しません。

オノマトペの変化は時代を映し出す‼

――Ⅱ部の『男が「よよよよよよ」と泣いていた』について伺います。オノマトペ(擬音語・擬態語)の推移について取り上げていますが、オノマトペは時代とともにどのように変化してきたのでしょうか。

 オノマトペの変化の例として、日本人の泣き声に注目してみます。明治時代からごく最近まで「女は泣いてもいいが、男が泣くのはみっともない」とされてきました。事実、調査しても、男は声をあげて泣いていない。女は声をあげて泣いています。
 ところが、江戸時代に遡ると、なんと男が女と同じく「わっ」と声をあげて泣いているではありませんか。さらに室町・鎌倉時代に遡ると、今度は男も女も、声をあげて泣いていない。では、平安時代まで遡ると、どうか。
 男が「よよ」と大声をあげて泣いているんです! 女性のほうは、声をあげて泣いていない。現代と全く逆なんです。
 こうした変化はどうして起こるのか? 時代の風潮と社会制度が大きく関係しています。
 明治以降の現代は、戦争が多く、家父長制度ですから、男に強さが求められた。だから、男は声をあげて泣いてはならぬ。平安時代は、平和で一夫多妻制です。男に優しさが求められた。だから、男が声を出して泣いて、優しさを強調したんです。その他の時代も、その時代の社会制度と風潮によって泣き方が変化していることが説明できます。
 興味を持ってくださったら、ぜひ本文を読んでさらに納得なさってください。

――笑い声の方はどうですか?

 笑い声を写すオノマトペの変化も興味深いです。現代は「ははは」が笑い声の代表。「ほほほ」は、女性の笑い声として一般的。このような「ハ行」の笑い声は江戸時代からなんです。
 鎌倉・室町時代は「からから」が笑い声の代表です。平安時代が面白い。男性が「ほほ」と笑っていた!
 こうした笑い声を写すオノマトペの変化は、日本語のハ行音の変化に左右された現象なんです。江戸時代まで、日本人は、ハ行音を「ふぁ・ふぃ・ふ・ふぇ・ふぉ」と発音していました。だから、平安時代の男性の「ほほ」と書かれた笑い声は、実際には「ふぉふぉ」です。口に扇子を当てて「ふぉふぉ」とやってみると、平安貴族男性になった気がしますよ。
 まだ誰も研究していないオノマトペの歴史を解明していくのは、実に楽しい。

――オノマトペの魅力についてもお聞かせください。

 色々あります。一番の魅力は、自分で作れること! オノマトペは、語型があるので、その語型にあてはめさえすれば、誰でも、新しく作れる。日本語オノマトペの最も基本的な語型は「ABAB」型。「きらきら」「ぴかぴか」みたいな語です。
 その音や状態をいかにもそれらしく表していれば、いいんです。だから、子供がうまい。小川の音なんか「ぴる ぽる どぶん」ですからね。
 日本のコミックが世界に羽ばたけたのは、このオノマトペが豊かに存在する日本語のお陰。絵だけの場面に「ドッカーン」と音を加え、「ねちょねちょ」と感覚を加える。すると、絵に音と感覚性が付与されて、面白くなる。
 オノマトペは、言語の起源に関わりがあるのではないかということも、私がオノマトペに惹かれる理由です。「ふく」「すう」「たたく」なんていう普通の動詞も、オノマトペ出身の言葉です。「ふー」「すー」「たた」というオノマトペに動詞化する接辞「く」「う」を付けてできているんですから。
 それから、鳥の名前なんかオノマトペ出身であることが多い。「うーぐひ」「から」「ほととぎ」という鳴き声を写すオノマトペに、鳥であることを示す接辞「す」がついて、「うぐひす」「からす」「ほととぎす」という鳥名ができています。

平安文学作品から生きる知恵をいただく

――Ⅲ部の『千年たっても変わらない人間の本質』ですが、古典、特に平安時代の文学作品を通して、私たちはどのようなことを学べるのでしょうか。

 まず、平安時代は、日本人が自在に操れるひらがな・カタカナを手にした時代です。だから、それまで口頭でしか伝えられなかった内容をもとに、創造の翼を広げ、次々に文字で書き記し、素晴らしい文学作品を生み出していった。自在に操れる文字がいかに大切かを押さえておきましょう。
 平安文学作品は、現代に生きる日本人に実にさまざまな生きる知恵を与えてくれます。同じ島国に住んでいますから、昔の人が感じたことや体験したことは、そのまま現代に生かすことができるんです。
 恋愛成就の方法は『和泉式部日記』から、人生をうまく歩む方法は『源氏物語』から、権力者になるための資質は『大鏡』から、生死に関わる窮地を脱する方法は『今昔物語集』から、というぐあいに。

――具体的な内容の例を一つお願いします。

 現代でも起こるいじめに関わることは『落窪物語』から学べます。『落窪物語』は、継子いじめの物語。継母の性格を分析していくと、どんな人がいじめを行いやすいかが摘出されます。自制心に乏しく、口が達者で、攻撃力や反撃力が強い。策略家で、追及されると居直る。感謝はしない。
 「うーん、こういう人って、ごく普通にいるわ。とすると、自分もいじめる側になってしまうかもしれない」と気づかせてくれます。

――自分の生き方を見直すヒントにもなるのですね。

 そうです。『今昔物語集』なんて、「どうせ死ぬなら、やってみる」という、チャレンジ精神を教えてくれます。この精神、実際に役に立ったことがあります。私、膵臓がんになった時、手術するかしないかですごく迷った。その時「どうせ死ぬならやってみる」精神で、手術をして助かったんです。

「付編」のエッセイ・インタビュー・対談がユニーク

――「付編」には、エッセイが載っていますが、生き方を考えさせられました。

 ありがとうございます。私が、東大の博士課程を不合格になった話ですね。あれは辛かった。まだ、女性が研究者になるなんて認められていなかった時代ですから。でも、若い時の八年間にわたる挫折があったからこそ、決しておごらず、地道にコツコツと努力をし、人に対する思いやりを持てたんですから、結果オーライです。

――「付編」のインタビューは、学校の先生の大事さを教えてくれます。

 その人の将来の進路に影響を及ぼすのは、小学校から高校までの間にどんな人に出会ったかによることが多い気がしています。私の場合は、学校の先生でした。

――「付編」の対談は、古今の恋の歌について語り合われていますね。なぜ、恋の歌?

 恋の歌というのは、人間が生きていて一番心がときめく瞬間を表すものです。恋は年齢に関係なく、いくつになってもドキドキしてよいものだから、私はあえておばあさんの恋の歌も取り上げています。
 恋の気持ちは小説や詩でも表現できますが、万葉集に見るように歌で詠むのが古くからの伝統ですね。限られた短い形式の中に思いをぎゅっと込め、あえて全てを言い切らない。そこがまた魅力です。
 この対談は、時々本音がぽろりと出ているところが面白いと思います。

――最後に読者へのメッセージをお願いします。

 言葉というのは、その民族の魂です。日本人を支えているのは日本語です。まずは日本語を大切にして、ぜひ慈しみ育ててほしい。そのうえで他の言語を学ぶと、既に身につけている日本語との違いを意識しながら理解を深めることができ、より豊かな学びにつながります。さらに、この本を通じて、日本語研究の面白さや発見の喜びを感じていただけたら、最高ですね。