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チョン・スユンさん「波の子どもたち」インタビュー 北朝鮮の「普通の若者たち」の素顔を描く

『波の子どもたち』(岩波書店)

この子たちのことを書きたい

――『波の子どもたち』は、自由を求めて北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)から脱出した、少年少女の物語。ソル(「雪」の意味)、ヨルム(「夏」の意味)という2人の少女と、サッカー好きのクァンミンという少年、ばらばらに国を出た3人のエピソードが交互に登場し、物語の後半で次第に3人の人生が重なっていきます。これは実話でしょうか。それとも小説ですか。

 3人は、私が出会った北の青少年や若者をもとにつくりあげた架空の人物たちで、フィクションです。韓国にはさまざまな理由で、北朝鮮を脱出してきた10代の子がたくさんいます。国を捨てることは危険で、残された家族に罰が及ぶ可能性もあるため、複数の人や時代の話を混ぜていますが、一つひとつのエピソードは、脱北した子から聞いた実話に近いものも多いです。

――脱北した青少年たちと仲良くなったのは、何かきっかけがあったのですか。

 きっかけは20年以上前に遡ります。日本の大学に留学していたとき、友人たちから北朝鮮について聞かれることがありましたが、私は何も答えられませんでした。なぜなら、私も世界中の人が見聞きしていることと同じ内容、テレビのニュースから伝わってくることしか、北朝鮮については知らなかったからです。

 私が子どもの頃の韓国では、反共産主義教育が活発で、学校でよく反共ポスターを描かされました。誰かを憎んだり怨んだりすることがあまり好きでなかった私は、心の中で「私は北朝鮮の人を一人も知らないのに、嫌悪感を教え込まないでほしい」と反抗する気持ちがあって、あえて北朝鮮から目をそらし、いつの間にか考えないようになっていました。

 でも留学期間を終えて、ソウルへ戻る飛行機の中で、「北朝鮮から来た人に会ってみよう」と心に決めました。韓国社会から一度離れて、外から南北分断を見たこともあったと思いますが、純粋に、北朝鮮の人たちのことを知りたくなったのです。

 私は小さい頃からカトリック教徒ですが、帰国して1カ月後くらいに近所の教会で日曜ミサに行ったら、韓国殉教福者聖職修道会というところ(長崎にも神父が派遣されています)の、「北朝鮮から脱出してきて困っている10代の子どもたちと一対一で交流するボランティアを募集します」というチラシを偶然見かけました。「これは運命だ!」と思ってすぐ申し込みました。そのボランティアに参加したことが直接のきっかけです。

――実際に会ってみて、いかがでしたか。

 小さい頃に教えられたような“共産主義の得体の知れない怪物”みたいなイメージとはまったく違いました。お化粧やファッションに憧れや興味があったり、アイドルが好きだったり、プールで泳ぐことが得意だったりする普通の子たち。それに10歳くらい年下の子たちなのに、私の母や祖母より上の世代と話しているような、落ち着きや愛情深さを感じて、彼らと話すことが楽しかったのです。

 月に一度の集まりで、おしゃべりしたり一緒に冷麺を作ったり、夏は海に、冬はスキーに行ったりという交流が何年も続く中で、仲良くなった女の子がいて。ちょっとずつ北朝鮮にいたときのことを話してくれるようになり、彼女が故郷の優しいお父さんと、親しい幼馴染たちを激しく恋しく思っていることがわかりました。

 その女の子と知り合って5、6年経ち、一緒に中国を旅したとき、私は、彼女がブローカーにだまされて内モンゴルまで人身売買され、恐ろしい目にあったことをはじめて知ったのです。

 私はその子を抱きしめて一緒に泣きました。その子に未来への憧れや夢があって、自分の人生を自分で決めたいと願うのは、人として当たり前のことです。愛する家族や友達がいて、会いたいと思うことも、誰にも責めることはできません。この子たちから当たり前のことを奪ったのは何なのか、強い憤りを感じました。このことを世の中の人に知ってほしい。帰りの飛行機の中で彼女に「あなたの話を小説に書きたい。書いてもいい?」と尋ねました。その子が本書に出てくる「ソル」のモデルです。

個性と未来を生かすための、命がけの旅

――冒頭は、子どもたちがトラックの荷台から次々飛び降りる、緊迫したシーンからはじまります。「体を低くして暗闇の中を走るんだ。だれにも捕まらないように、捕まって閉じこめられないように、鳥みたいに、風みたいに、影みたいに、山へ、山へ、北へ、北へ……走れ、走れ!」……。命がけの旅が伝わってきます。

 北朝鮮の人たちは移動が禁じられていて、農村地区の両親の元に生まれた子どもは、どんなに勉強ができても、農村から出ることができません。ソルもヨルムも、そんなふうに決まった人生を受け入れることができなかった女の子です。ヨルムはこのままだと息が詰まる、自由を求めて外に出たいと言うけれど、双子のお姉さんはヨルムに「そんな考えは、狂ってる」といいます。同じ家庭で育っていても、それぞれの個性があるんですよね。

――ヨルムは真冬に国境の川を渡ります。脱北というと、三十八度線を越えるイメージを持つ日本人も多いですが、北朝鮮から韓国へ直接抜けるわけではないのですね。

 三十八度線は厳重に警戒されていて、越えるのはほぼ不可能です。脱北する人たちはブローカーの手引きで、北の、中国との国境の川を危険を冒して渡って中国へ入り、そこから長い距離を移動して、東南アジアのどこかの国へ入ります。そうして例えばタイの韓国大使館などを経由して韓国に入国するルートを取ることが多いです。途中、人身売買にだまされた女の子が、中央アジアや中国で意思に反した結婚をさせられ、何年も経ってから再び逃げてくるのは、よく耳にする話です。

Photo by Getty Images

世界文学全集が先生だった

――スユンさんは、なぜ、北朝鮮の若者に偏見がなかったのでしょうか。

 私は父が2歳のときに病気で亡くなり、母と祖母と妹と暮らしていましたが、母や祖母が「反北朝鮮」「反共産主義」のようなことを口にしなかったこともあるかもしれません。

 家には小さい子向けの本はなく、私は、退屈なとき、父の遺品の「世界文学全集」全60巻(東西文化社、トンス・ムンファサ社)を繰り返し読みました。何度も読み返すうちに、世界にはいろんな社会や価値観があることや、例えばアメリカの南北戦争を舞台にした文学作品でも、戦争に勝っても負けてもどちらも大きな傷が残ること、軍人じゃなく普通に暮らす人も辛い思いをいっぱいすることなどを読むことで知るようになりました。

 父は、自分の残した本が、幼い娘にそんな影響を与えるなんて考えてもいなかったと思いますが、その読書が私という人間の土台になりました。私自身が成長して大人になると、今度は、その文学を読むことを通して、幼いときに亡くなった父の内面を想像するようにもなります。だから文学ってすごいな、と思います。私にとっては「世界文学全集」が、いろんなことを教えてくれる先生だったと思います。

自分の人生を選びたいという「普通」の願い

――「脱北」というセンセーショナルなテーマを扱いながらも、若者たちの光ある未来を描いた本書は、人権とは何かを考えさせられます。

 北朝鮮から来た若者たちに、「子どもの頃、どんなふうに遊んでいたの?」と故郷の話をよく聞かせてもらいました。移動の自由がなく、田舎にはお店もあまりないので、夜は互いの家をたずねて音楽を聴いたり、歌ったり踊ったりするそうです。各家で冷蔵庫の代わりに土を深く掘って、自然のキムチ蔵をつくり、一年のおかずになる多様なキムチを保管しているとか。家々のキムチ蔵を回って食べ歩きながら、どのキムチが美味しいかと当てっこ遊びをして、おしゃべりをするのが楽しかったそうです。本書にもそんなシーンを描き込んでいます。

 彼らは決して怪物などではなく、地球上の誰もが思うように、不安のない安全な暮らしを願い、自分の夢や人生を自分で決めたいと思う、愛すべき普通の人たちです。私は、そんな“当たり前の権利”を願う子どもたちが北朝鮮にも住んでいる、ということに焦点を絞って小説を書こうと努力しました。

 5年くらいかけて何度も書き直し、私は翻訳の仕事を長年しているので、知り合いの出版関係者にも相談しましたが、「出版しましょう」と言ってくれるところはありませんでした。「脱北してきた子たちのことを書いたYAなんて、誰が読むの?」と言う人もいて、私自身も自信を失いかけた時期もありました。

 でもこの小説を世に出さないと、私の体の中には大きな石が詰まったような感じで、次の作品は出てこないだろうという感覚があって。なんとかして世に出したい、そう思っていたときに、トルベゲ社の編集者との出会いで出版できることになったのです。

 2024年に韓国で『波の子どもたち』を出版してから、図書館や高校を数えきれないくらい訪ねて、ブックトークをしています。参加した教師の方が、また自分の学校や図書館に呼んでくれたり、高校生たちといろんな話ができて、とてもいい時間を過ごしています。これまで韓国のあちこち50カ所以上で話していますが、これからも行きたいと思っています。

>>【後編】「波の子どもたち」訳者・斎藤真理子さんインタビューに続く

【後編】訳者・斎藤真理子さんインタビューはこちら

「波の子どもたち」訳者・斎藤真理子さんインタビュー 心の自由を求める10代の姿を日本の中高生にも届けたい