ソウヤ・ブン「ツネタ」(上・下) 自分が何者かを探すミステリー
自分が誰なのかわからない。主人公がそう気づく場面から始まるミステリードラマ。自分は何者なのか。なぜ記憶を失ったのか。過去を知るため白紙の状態から手探りしていく彼女の姿を、読者も同時に体験していく物語だ。
舞台は横浜らしき街。手がかりを求めて人間関係をたどるうちに、背景に重大事件が見え隠れしはじめ、尖鋭(せんえい)的な絵柄もあいまって深刻なムードがただよう。が、会話劇はテンポよく軽妙に進み、読む推進力を与えてくれる。そもそも厳しい状況にある主人公の言動が、不思議に他人事な感じなのだ。この絶妙なバランス感覚が作品の魅力的なトーンになっている。
謎解きのおもしろさの一方で、浮き彫りになるのは「過去と記憶」のせめぎ合いという問題。人の認識や、残された記憶のズレに直面する現実の中で、過去をたぐりよせても、本当に「正解」は焦点を結ぶのか? すべてに白黒はつくのか? ページごとに読者の記憶に刻みこまれていくのも、ひとつひとつの、意味の定まりきらない場面や会話。その積み重ねは、どんな物語の像の焦点を結ぶのか。スリリングな展開と同時に、不定形のもやもやを取り逃がすことなく進む描写は、奥行きのある読後感を残してくれた。=朝日新聞2026年7月4日掲載