人によって見える世界には落差がある
――電車がなくバスの便もよくない、沖縄のとある小さな街の団地に住む、小学6年生の「かふう」とお⺟さんの「愛(らぶ)ちゃん」。前作『ピーチとチョコレート』は、沖縄のティーンエイジャーのお話でしたが、今作は⺟と娘の物語ですね。何か執筆のきっかけがあったのですか。
『ピーチとチョコレート』刊行後、次はどんなお話を書こうかと考えて、若くてパワフルなママの愛ちゃんと、娘のかふうのお話を書きたいと思ったのですが、なかなかうまくいかなくて。悩んでいたとき、以前編集者さんが送ってくれたある記事のことを思い出しました。それは、⺟⼦家庭の若いお母さんが車の免許を取得するのを、沖縄のNPO が支援しているというもの。読んだときは「へえ、こんな支援があるんだ」と思っただけだったけれど、「そういえば私も、⼩学⽣のときにお⺟さんが⾞の免許を取るの、⼿伝ってたよね?」と急に記憶がよみがえってきたんです。
私⾃⾝もシングルマザーの家庭で育っています。うちは姉が2⼈いたので、本書のように⺟⼀⼈、娘⼀⼈ではなかったし、うちの⺟と愛ちゃんの性格は全然違います。かふうは、もちろん私ではないけれど、彼⼥が⾒ている景⾊を少しだけ知っています。
離婚を機に、私たちの⽣活や経済状況は一気に変わりました。そのとき「⼈によって、⾒えている風景って全然ちがったんだな……」と驚きましたね。幼いながらに二つの世界の落差を肌で感じたことは、貴重な経験だったと思います。
専業主婦だった⺟が「働かなきゃ」と仕事をはじめたものの、家族4人が暮らしていけるお給料にはならず、「これからどうなるんだろう」と思っていたとき、⺟⼦家庭⽀援団体の方が「⾞の免許があったら、紹介できるお仕事がありますよ」と声をかけてくれて。私が⼩学3年⽣の頃、⼈の⾞に乗るのも怖いくらい怖がりの⺟が⼀念発起して、⾃動⾞学校に通い出したんです。
私は⺟の教習所通いにちょこちょこついていって、講習を予約するところを見たり、筆記試験の問題集を⺟より先に解いて、⺟にクイズを出したりしていました。本書の愛ちゃんとかふうが練習問題を⼀緒に解くやりとりは、当時の私たちから生まれたものです。⺟が間違えると「ブー!ちがいます」と正しい解答を伝えたりして……楽しかった思い出です。母が仕事を見つけて、私たちが大学まで通うことができたのは、あのとき免許を取得できたからだと今も感謝しています。
ひとり親家庭の⼦だってハッピーに生きてやる!という反⾻⼼
――朝の交通安全当番に、寝起きのピンクの髪とすっぴんで駆けつけ、元気よく安全旗を振る愛(らぶ)ちゃん。小学6年生になったかふうは、そんなお母さんに⾒つからないように横断歩道を渡ろうとしますが、見つかって大声で「いってらっしゃい」と言われます。お母さんのことは好きだけど、学校の子に⾒られるのが嫌でたまらないし、最近はいろんなことにモヤモヤするかふうです。
私も「授業参観にこなくていいよ」と言って母を悲しませたことがあるので、かふうが、学校では目立たず平穏に生活したいと思っている気持ちが、よくわかります(笑)。
――夜は愛ちゃんが外で仕事、かふうは一人で留守番。そんなときに頼りになるのがサブスクの映画です。リビングに掲げられた“わが家の家訓” 、「女の子がハッピーに⽣きるための3つのこと」の一つは「いい映画をみること」。映画のタイトルがたくさん出てきますね。
「ヘアスプレー」「マンマ・ミーア!」「ローラーガールズ・ダイアリー」……どれも好きな映画ばかりです。
離婚した父が映画好きで、私が1、2歳のときから映画館に連れていく⼈でした(笑)。映画に夢中の⽗の横で、ポップコーンを⾷べたり、寝たり……。そのせいか物心ついた頃から暇さえあればテレビで放映される映画やドラマを、大人向けのものでも構わず⽚っ端から観ていましたね。
でも画面の中の⺟⼦家庭は、わざと面白くデフォルメされるか、不幸な結末になる描かれ方が多くて……。「かわいそうって思われたくない。⺟⼦家庭だって、ハッピーに⽣きてやる!」と反発を抱いていました。その反骨心が、物語を書く原動力になっています。
――生き生きした会話とポップな文体に引き込まれ、どんどん読み進められます。
小さい頃からJ-POPが大好きで、歌詞がたくさん載っている分厚いソングブックを愛読していたんですよね。お話を書くときは、文章を書くというよりも歌詞を書いているような感覚に近いです。頭の中に響く音と、書く文のリズム、その二つがなるべくずれないように書いています。
⼥の⼦を取り巻く「⽣きづらさ」
――お客さんにお酒を出す店で、深夜まで働く愛(らぶ)ちゃん。保育園には夜間保育があったけれど、小学校に上がると学童クラブの夜間利用はなく、かふうは低学年の頃から、夜一人で眠りにつきます。それが先生や役所に知られ大騒動になったときのことを、かふうがこう言います。「国道をすいすい走れる人たちにとっては、からみあったみみずのような道で立ち往生しているうちらの暮らしを理解するのは、けっこうむずかしいことなのかも」と。
経済的な困難を抱える⺟⼦家庭のお⺟さんたちに、世間は「⾃分で選んだ道だから、そうなるでしょ」とどこか冷たかったり、「そりゃ、そういう仕事をしていたら、そんな⽣活しかできないよ」というようなまなざしを向けたりするけど……。⽣きているだけでもあちこちに落とし穴がある大変さを少しだけ想像してもらえたらなぁと思います。彼女たちなりに、いろんなハードルがある中で、最大限のいい選択をしようとしている、その繰り返しの結果が、現状かもしれないよ、と。
――車もお金もないからと人生を諦めかけていたかふうに「愛ちゃんに⾞の免許を取らせる!」と新しい⽬標ができる一方、いつもポジティブなはずの愛ちゃんが「女ってだけで、どこに行ってもなめられる」と声を絞り出すシーンも……。
愛ちゃんとかふうの物語を書こうと思ったのは、精いっぱい生きているお母さんたちが、もうちょっとのびのびと、あたたかなまなざしの中で暮らせるようになったらいいな、という思いからでした。
タイトルについては、「女の子だけがハッピーならいいの?」と違和感を覚える子もいるかもしれないと悩みました。だけどやっぱり、“女の子の生きづらさ”ってあると思うし、それに気づくことって、性別にかかわらずみんなが共にハッピーに生きていくために、大切なことなんじゃないかと思っています。
「本の力ってすごいなあ」
――福木さんは、昔から本が好きだったのですか。
本を読むことも創作も好きでした。物語や歌詞を書いたり、友達とドラマごっこをしてみたり……。でも中学からは学校生活が忙しくなり離れてしまいました。久しぶりに「本ってすごい」と思ったのが、小学校の教員になった1年目です。
はじめて受け持った小学2年生のクラスの子たちが、授業は聞かないし歩き回るし、教室の外に飛び出すというクラスで……。途方にくれていると、前年の担任だったベテランの先生が「この子たち、絵本は好きだから、あなたは絵本を読んであげなさい」と声をかけてくださったんです。そこでさっさと授業を終わらせて「今から、絵本を読みます!」と言うと、やんちゃな子たちがシュッ!と周りに集まってきて、みんなすごくよく聞くんですよ。
教卓の上には、子どもたちのリクエスト本が、読み物も絵本も図鑑もまぜこぜで、毎日、タワーのように積み上がりました。とくに人気があったのは、村上しいこさんの『れいぞうこのなつやすみ』や、いとうひろしさんの「おさる」シリーズ、『こびとづかん』や『給食番長』、とにかくなんでも読みました。わんぱくな子のことを沖縄の言葉で「うーまくー」と言うんですけど、三学期の終わりのお楽しみ会の出し物に、「うーまくー」の男の子たちが「ぼくたち、読み聞かせやります」と言って絵本を読んだときは、「本の力ってすごいなあ」「学校の先生って楽しいなあ」と心底思いました。
けれども、小学校の教員として十数年間、⼦どもたちとコミュニケーションをとることを主軸にやってきたことが、コロナ禍に直面し、とても難しくなりました。感染対策を優先する中で、子ども同士の関係性が切断されていくのを目の当たりにするのは辛かったです。日々の出来事に対応するうちに体も⼼も追いつかなくなり、とうとうドクターストップがかかってしまいました。
この先も当たり前のように先生としてやっていくつもりだったので、将来を思い描けなくて人生の空白期間のような感じでしたね。「このままじゃだめだ」と、リハビリに出かけた場所が図書館でした。文字を追うのも辛いときだったけれど、絵本なら読めるかなと思って手に取ったら、「あっ、あの子たちと読んだ絵本だ」と思い出がたくさんよみがえってきました。児童文学も不思議なくらいにスルッと読めて、「あれっ、読めるし、楽しい」「私、まだ楽しめるものがあったんだ」と……。週に何回か通ううちにだんだん生きる力がもどってくるのを感じました。
――なぜ読むだけでなく書いてみようと思ったのでしょうか。
児童書を読むうちに、あるときから頭の中で、誰かのおしゃべりがずーっと聞こえてくるようになっちゃったんですよね。「これはなんだろう?」と思っているうちに頭の中がパンクしそうになってきたので、とにかく外に出さなきゃと、パソコンに向かいました。全部出し終えるとすごくスッキリして……「これが物語を書くということかもしれない」と。せっかくだから、好きな作家さんのデビュー作を多く送り出している講談社児童文学新人賞に送ってみようと、応募したのがデビューのきっかけです。
――福木さんの作品にはパワーや勢いがあり、いつも元気と励ましをもらいます。
『ピーチとチョコレート』も『女の子がハッピーに生きるための3つのこと』も、主人公は困ったときや「変だな」と思うときに、声を上げるパワーを持っている子たちです。でも、実際、世の中で弱い立場の人が声を上げるってすごく勇気が必要だと思うんです。「どうせ伝わらないから、わかってもらえないから、いい」とあきらめてしまうこともあると思います。
でも私は、そんなしんどさを抱えている子がただ「助けられる側」に身を置くだけじゃなく、自分のがんばる力や、まわりの味方の存在を信じられる物語を書きたかった。そう思えたのは、子どもの頃から本が好きだったことも関係あるかもしれません。
例えば『赤毛のアン』の主人公アンは、孤児院から誰一人知らない島へやってきますよね。決して順風満帆だったわけではないけれど、周りの人々とのかかわりの中で愛し愛されて自立していく話でもあります。『魔女の宅急便』のキキや、映画「となりのトトロ」のサツキとメイ……。物語の中の女の子たちが元気でへこたれないことに勇気づけられてきました。
私の書いた物語が、読む人にとって力の源になり、かふうや愛ちゃんを心の中の応援団にして、自らを奮い立たせられるものになったらいいなと願いをこめています。私も、そんなふうに物語に助けられてきたのですから。