上橋菜穂子さん「神の蝶、舞う果て」インタビュー 30代と60代の“私”が共に綴った物語
――『神の蝶、舞う果て』の主人公、カタゼリム(降魔士)の16歳の少年ジェードは、聖域<闇の大井戸>のそばで数カ月に一度あらわれる聖なる蝶を守る役目を負って暮らしています。でもその蝶があらわれそうになると、いつも、相棒の少女ルクランに奇妙なことが起こります……。本作は長年書籍化されず、いわば幻の作品だったそうですね。
はい。1999年から2001年にかけて雑誌に連載して、連載終了後、書籍化したいというお話をいただいたのですが、そのときは「この作品は熟していない」という感覚があり、それをどうしたら解消できるのかわからなくて、書籍化はしませんでした。
連載時は、すでに「守り人」シリーズ(偕成社)の執筆に入っていましたし、フィールドワークのために日本とオーストラリアを行ったりきたりしていました。論文も書かなければ、と必死な頃で。そのせいなのか、あるいは時間が経ち過ぎたからか、この作品をいつどんな風に書いたかをほとんど覚えてないのです。
――『精霊の木』(偕成社、1989年)で作家デビューして10年目頃。研究者としても非常に忙しい時期だったのですね。
忙しかったですねえ(笑)。でも、あんなに忙しい時期だったのに「書きます」と言ったのは、きっとすでに頭の中に『神の蝶、舞う果て』の物語があったからだろうと思うんです。巨大な聖なる井戸と、淡い金色の光を放ちながら舞い上がってくる<神の蝶>の群れ。同時にやってきて<神の蝶>を食らう、大きな闇色の<蝶の影>。それらが頭に浮かんでいなかったら、恐ろしくて、お引き受けすることは出来なかったでしょうから。
そもそも私は、物語を書き上げて読み返したとき、「誰が書いたんだろう」と思うくらい、自分がどうやって物語を書いているのかわからないのです。プロットを立てませんし、締め切りがある形式では書くことができません。なので、「物語をすべて書き終えることができたら、それを分割して差し上げるということでもよろしければ」ということで、お引き受けしたのですが、やってみて、やはり私には連載は難しいと痛感し、その後は、連載のご依頼はお引き受けしていません。
――この物語で、人々の暮らしを支えるのは、ラムラーという植物の実。ラムラーの花は<神の蝶>でなければ受粉しないため、カタゼリム(降魔士)はこの蝶を<蝶の影>から守ろうとします。しかしジェードの相棒としてそのつとめを果たすべきルクランは、蝶が舞い上がる直前にあらわれる“予兆の鬼火”のほうに反応し、夢遊病のような状態に……。
理由を探し、生まれ育った孤児院のある下町に出かけるルクラン。それを追いかけるジェード。二人が出会う下町の人々の描写は、「守り人」シリーズにも共通する生活する人々の魅力があります。
物語を書いているときは、その世界にいるような感覚があります。ジェードに向かって白墨を投げる、彼の恩師のラド先生の姿が見えていて、先生の家でもある学び舎の、セイザル葦で編まれた床の敷物がちょっとへこむのも足の裏で感じています。さっきまでいた子どもたちの匂いもして……。そのときどんなふうに日の光が差し込んでいるかも感じているんです。そうやって浮かんでいるイメージをデッサンするように追いかけて書いていくんです。
先生の家を出て通りを歩き、酒屋の中庭に回れば、ルクランの幼なじみの少年スーナムがいて、汗を流しながら火を焚いている。その光景や匂いを感じながら書いていたのだと思いますが、このあたりのシーンを好きだという声を聞くことが多くて、嬉しいです。私も好きな場面なので。
――ルクランとジェードにとって頼りになる、年上のカタゼリム(降魔士)仲間、インガとナシェムは別の地方出身で、ジェードたちとは言葉や食文化の違いがあることも書かれています。
聖域<闇の大井戸>のそばには湿地や沼地があり、インガやナシェムの出身地はさらに遠い海辺の地域。この町の育ちではない、異なる文化、異なる歴史の背景をもったインガとナシェムは私にとって大切な、そして大好きな人たちで、それは連載時も今も変わっていません。
――なぜ二十数年の時を経て書籍化に至ったのでしょう。
何しろ4半世紀近く前に書いた物語なので、すっかり記憶の底に眠っていたのですが……。何のきっかけだったか、担当編集者さんたちと談笑していたときに、ふとこの作品の話をしたら、おふたりの目がキラッと光って。そのうちのおひとりが「子どもの頃に図書館で読んだことがあります! 続きをぜひ読みたいです」と。なんと、当時、連載の第一回を読んでいた小学生が大人になり、私の担当編集者になっていたのです。
掲載誌は資料の山に埋もれているから、全てを探し出すのは難しい、と言ったのですが、編集者さんたちは、すごい行動力で古書店を回って、掲載誌を全て見つけ出してくださったのです。
「とにかく読んでみてください」と、言われて、二十数年ぶりに全ての掲載誌を読み通したとき、最初に思ったのは、「ああ、若かったなあ」ということでした(笑)。物語にはリズムがあるものですが、そのリズムが早い。作家と学者と大学教員の、二足のわらじならぬ三足のわらじ(?)を履いて、とんでもなく忙しかったあの時期によく書いたなあ、とも思いました。当時は血気盛んだったのですねえ(笑)。
そして、「ルクランもジェードもよくがんばったなあ……」と思いました。理由もわからず鬼火に反応しちゃうルクランは、ごく普通の女の子、なんとかしてあげたいと思うジェードもごく普通の男の子で。彼らがどこに流されていくかもわからない運命に巻き込まれることが哀れで、それでも必死で自分たちの足で立とうとする姿を愛しく思いました。
そして、この物語が、私がこれまで紡いできた物語の「流れ」の中では、大切な意味をもつ物語であったことに気づいたのです。それで、修正をして、もう一度、世にだしてみよう、と思ったのです。
――修正のご苦労はありましたか。
それはもう(笑)。一度出来上がってしまっている物語を修正するのは、ものすごく難しい作業でした。たとえば、登場人物が交わす会話なども全体の中で流れができていますから。
二十数年前は推敲する時間がなかったので、読み直すと前後関係に辻褄が合っていないところもあったんです。でも物語ってすべてつながっているので、一箇所の修正が他に影響してしまい「しまった! あの表現はここにつながっていたのか」と、頭を抱えることが多々ありました。
奔流のような流れに乗って猛スピードで書いたあの頃の熱と勢いを消さないよう気をつけながら、何度も何度も書き直しました。だから、30代の私と、60代の私が共同で書いた物語だと言えるかもしれませんね。
――上橋さんの物語は壮大で、舞台は異世界でありながら、自然と生き物とのつながりが精緻な地図を描くように綴られていくのが魅力です。自然界のことに興味を持つようになったのはいつですか?
いつ、というのはわからないのですが……。私は日本が高度経済成長期にあった1960年代に、東京で生まれました。大気汚染や環境破壊が深刻な社会問題となり、テレビなどの様々な媒体が、人間が自然環境に及ぼしている悪影響についてとりあげていた時期に子ども時代を過ごしたので、そのことも関わっているのかもしれません。
一方で、母方の祖母の家が長野県の野尻湖のそばにあったので、毎年夏休みには弟や従姉兄たちと湖にボートを浮かべ、向かいの家の牛たちを絵に描いたり、虫とりをしたり、自然の中で遊び呆けて過ごしたのです。また、父方の祖母も昔ばなしを語ることが上手な人で、獣と人とのあいだの境界が低く感じられるようなおはなしを生き生きと語ってくれました。
子どもの頃から、なぜか学者への憧れもあって、何かを調べることも好きでした。そのすべてが影響しているのか、いつの頃からか「この世界は人間の営みだけで成り立っているわけじゃない。世界は広大で、人間である自分には見えていないことが、きっと山ほどある」と思うようになりました。
――「人間の自分が気づかないものがある」と小さい頃から思っていたのですね。
明確に、そう思うようになったのは、大人になってからだと思いますが、いつの頃からか、人間同士の間のあれこれだけを見ていたら気づかないことがある、と思うようになっていました。人が「生きる」ということには、目に見えぬ微生物や様々な動植物、そして、天地のありとあらゆることが関わっている。それらすべてとの関りがなければ生きていられないのに、私は普段、意外なほど、そのことに気づかずに生きている。その不思議さに心を揺さぶられるようになったのです。
生き物に関わらず、この世にあるものは、時を経れば形が変わっていきます。人の生き死にも、その流れの中にあります。その前提の上で、生きたいと願う「心」や、死んでもいいと思う「心」もある。「心」の問題はとても大切ですが、それでも、生きるということが、どういうことであるのかは、その「心」のことだけを見ていては、見えないこともあるのではないか、という気がするのです。
――どんなときに物語が生まれるのでしょう。ふだん見えない「世界の一部」のようなものが感じられたときでしょうか。
そうですね。そういうことがきっかけになっていることは間違いないですが、同時に、主人公たちが強い印象をもって生まれてきて、はじめて、物語が頭に宿るのだと思います。説明するのが難しいのですが、その世界の歴史や風土を内包した「物語のイメージの塊」のようなものが、瞬間的に頭に浮かぶのです。
様々なつながりの中で関わり合って存在する命のありように、私はずっと心惹かれてきました。複雑につながり合う関係性の中で浮かびあがる「生」のありよう――それまで気づかなかったありよう――が、わずかでも垣間見えて、同時に、そのありように何らかの形で関わる人たちが頭の中で動きはじめたとき、物語が書けるのだと思います。
私は、ずっと、自分が属していた社会集団から外へ出ざるをえなかった人を描いてきました。「守り人」シリーズ(偕成社)のバルサやチャグム、『獣の奏者』(講談社)のエリン、『鹿の王』(KADOKAWA)のヴァン、『香君』(文藝春秋)のアイシャ、……みんなそうです。自分が属していた集団の外に出ることで、それまで多くの人が気づいていなかったことに気づいた人たちが、「そのことに気づかなかったこと」で生じていた問題に取り組んでいく姿を描いてきました。
『神の蝶、舞う果て』という物語も「気づき」の物語なので、そのことがより滑らかに浮かび上がるようにしてみました。また、ルクランとジェードが、「運命によって与えられた人生」を、いかにして「自らの意思で生きる人生」にしたかも感じられるようにしてみました。
あとがきで、この『神の蝶、舞う果て』を書いたとき私の中にあったものが、知らず知らずのうちに沈殿し、時とともに発酵し、やがて後の『獣の奏者』や『鹿の王』『香君』につながっていった、と書きましたが、きっと、私がこれまで書いた物語を多く読んでくださっている方は、本書を読んだとき、そのことを感じてくださるのでは、と思います。