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怪奇・幻想好きが拍手喝采するホラーの好企画3点 超常現象研究のバイブルから舞城版百物語まで

超常現象研究のバイブル、ついに邦訳

 まずは何といってもこれ。チャールズ・H・フォート『呪われし者の書』(南山宏訳、国書刊行会)である。今から40年以上前、国書刊行会より「超科学シリーズ」という世界の超常現象研究の名著をずらりと並べたオカルト好きにはたまらない叢書が刊行された。『呪われし者の書』はその第1巻として刊行予告がなされながら、ついに出ることがなかった幻の本である。学生時代、どうしても諦めきれずに原書を取り寄せたはいいが、難解複雑な英文に歯が立たず、冒頭10ページほどで挫折したことをほろ苦く思い出す。それが2026年になってまさか刊行されるとは!

 訳者の南山宏によれば「超常・超自然現象研究の世界的パイオニアによる最高傑作を、超常・超自然研究家のたかが端くれにすぎないこの自分が畏れ多くも翻訳を手がける」というプレッシャーに気圧されてしまい、一言一句を吟味しながら訳しているうちに刊行が大幅にずれこんだそうだが、いずれにせよ生きているうちに、当初予定されていたとおりの南山訳で『呪われし者の書』現物を手にすることができたのが本当に嬉しい。同じ思いの人はきっとたくさんいるだろう。

 フォートとは20世紀初頭に活躍したアメリカの著述家で、大英図書館などにこもって世界各地で起こった奇妙な現象のデータを丹念に蒐集。それを『呪われし者の書』以下の著作にまとめて発表した。フォートの先駆的な仕事は怪奇小説やSF方面にも影響を与え、奇妙な現象を意味する「フォーティアン現象」の語源ともなっている。

 さて待望の『呪われし者の書』だが、期待どおり序盤から異常な出来事のオンパレードである。既存の科学では説明がつかない現象にこだわるフォートが、とくに着目しているのが、空から何かが降ってくるという事例だ。象ほど大きい雹、文字の刻まれた石版、蛙や魚、血。こうしたものが大地に降り注いだという実例を、フォートは科学雑誌や新聞などから引用してみせる。その原因として言及されているのが、地表から吹き上げられたものが集まる“スーパーサルガッソー海”なる場所の存在だが、フォート自身どこまで本気なのかは分からない。本書の狙いはテンションの高い文章で、畳みかけるように次々と実例を浴びせかけることで、読者の固定観念に揺さぶりをかけることにあったのではないか。そしてその効果は、原著刊行から100年以上経った今でも薄れていないように思う。

圧倒的クオリティの百物語本が鈍器本となって復活

 舞城王太郎『深夜百太郎』(ナナロク社)は寝苦しい夜にぴったりの百物語怪談本。

 2015年に各50話収録の2巻本として刊行された際は、宮部みゆきが書評で絶賛。東雅夫編のアンソロジー『平成怪奇小説傑作集』に3つのエピソードが採録されるなど、ホラーの目利きをうならせる現代怪談集として高く評価されていた。しかし近年では入手困難となり、新しい読者との出会いが生まれにくい状況が続いていたのである。それが昨今のホラーブームの影響か、再び書店に並んだ。しかも全100話収録、850ページ超の1巻本となっての復活なのだから、見た目のインパクトも絶大である。

 この辞書のように分厚い新装版で全100話を久しぶりに読み返して、つくづく収録作のクオリティの高さに感じ入った。留守番をしていた部屋に死者からの電話がかかってくる「友達の部屋」、深夜の幽霊事件が意外な展開を迎える「ファミレスの子供」、木曜の夜だけ山の中に現れるものの脅威を描いた「篝火」。東京の調布と福井県の西暁(にしあけ)町を舞台に語られる怪異譚は、バラエティ豊かでかつどれもインパクトが強烈。恐怖の飛んでくる角度がさまざまで、100話がすべて違った顔を見せている。一人の作家がこれを書き上げたというのは、驚異的なことである。

 片思いしている女子生徒を救うため、夜の山に分け入った少年の数奇な人生を描く集中の白眉「横内さん」に代表されるように、この著者らしい“愛と勇気と宿命”の物語になっているのも特筆すべき点だろう。口語を交えたドライブ感のある文体もまさしく舞城作品のそれだが、一方で黒い影に常につきまとわれているような不気味な感覚も漂う。怪談プロパーの作家によるものを含めて、ここまで恐怖度の高い百物語本は稀。著者のホラーセンスが爆発した名作だ。

鬼才ぶりをうかがわせる未収録短編集

 3冊目は小林泰三『此方(こなた)より 小林泰三未収録短編集』(角川ホラー文庫)。2020年に若くして世を去った小林泰三の単著未収録作を14編収めた、700ページ超の重量級短編集だ。これまで雑誌やアンソロジーに発表されたまま埋もれていた小林作品を発掘し、読みやすい形にまとめてくれたのはありがたい。その意味では「こんな本が出るとは!」なのだが、同時にもう新作を読めない寂しさもこみ上げてきて、複雑な思いでページを捲った。

 しかしいざ読み始めると、巻頭の「愛玩」から一気に小林ワールドに引き込まれる。児童虐待の疑いがあるとの通報を受け、マンションの一室を訪ねた児童相談所職員。部屋には首輪で繋がれた少女がいる、との目撃情報があるのだが、住人の男への聞き取りによって意外な事実が明らかになる。これこれ、と思わず言いたくなるような、鮮やかでブラックな幕切れ。小林泰三という作家は、初期の『玩具修理者』『人獣細工』の頃から、こういう毒気のあるホラーを書く作家だった。

 そこから先も太宰治やホームズもののパロディあり、人工知能の学会誌に発表された本格SFありと、著者の多才さを伝える大胆な発想の力作が並ぶ。もっとも扱われているモチーフはさまざまだが、“いま目に見えている世界はどこまで現実か”という認識論的な問いかけが常に横たわっており、ラストではたいてい主人公を取り巻く世界が大きく覆る。

 異様に家賃が安い部屋を借りてしまった大学生が信じがたい事件に巻きこまれる、一見オーソドックスな怪談「自分霊」にしても、時空を超えた恐怖が描かれるクトゥルー神話中編「大いなる種族」「此方より」にしても、やはりアイデンティティの危機という問題が中心にあり、小林印は鮮やかだ。SF的な発想をベースにした小林ホラーは、AIの存在が身近になった今、あらためて広く読まれるべきものだろう(本書にもAIものが数編含まれる)。著者デビュー30周年のタイミングでの好企画に拍手。巻末の恒川光太郎の解説もしみじみと胸に迫る。