窓を開けて寝る折が増えた先日の深夜。戸外からの時ならぬ大歓声に眠りを破られた。時計は午前二時半。まさに草木も眠る丑三(うしみ)つ時。まず思ったのは、かつて読んだ妖怪逸話集だった。新潟や長野界隈(かいわい)では、山中から急に高笑いが聞こえることがあったという。天狗(てんぐ)の高笑いと考えられ、音楽や木を切る音が混じりもしたらしい。いずれにしてもすべてが寝静まった深夜と歓声は不釣り合いで、だからこそ不気味である。
何なんだ、と思いつつもそのままうつらうつらしていると、今度は「ああ」と複数の溜息(ためいき)が聞こえた。もしやとスマホを開いて、理由が分かった。スポーツに関心がないので忘れていたが、時刻はFIFAワールドカップの決勝トーナメント一回戦、日本対ブラジル戦のただ中。最初の歓声は日本の、次の溜息はブラジルのそれぞれの得点時、近所で寄り集まって観戦中の人々が上げた声だったらしい。面白いな、と思った。
サッカー好きなら、声の理由はすぐ分かったはず。だがそうではない私は、妖怪の知識と事象を結び付けた。結局、人は遭遇した出来事に際して、手持ちの知識や物差しでしかそれらを理解できないわけだ。
そういえば以前、あるホテルに泊まった折、深夜、部屋のすぐ横の非常階段を行き来するヒールの音が聞こえた。一緒の部屋だった友人は、「こんな時間になぜ」と怖がったが、私には心当たりがあった。そのホテルは歓楽街に近く、フロントに「宿泊者以外の出入り厳禁」と大きく掲示されていたからだ。あの足音は、いわゆる派遣型風俗のスタッフが客の部屋に向かうため、非常階段を使っていたためではと思った。
ただ、我々に別の知識があれば、更に異なる回答が導き出し得たかもしれない。つまり世の中を正確に理解できるかは、自分次第。さて、次にまた奇妙な音が聞こえてきた時、私はそれをきちんと把握できるだろうか。そう思うと、様々な音や声がすべて、「どう? 分かる?」という問いかけのようにも思われてくる。=朝日新聞2026年7月8日掲載