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「未還の名簿」書評 墓碑銘のように死者の名を刻む

評者: 吉田裕 / 朝⽇新聞掲載:2026年06月27日
未還の名簿 シベリア最下層捕虜・村山常雄の祈り 著者:青島 顕 出版社:集英社 ジャンル:文学・評論

ISBN: 9784087817690
発売⽇: 2026/03/26
サイズ: 13.1×18.8cm/256p

「未還の名簿」 [著]青島顕

 アジア・太平洋戦争の終結後、ソ連は約60万人の日本軍将兵などをシベリアやモンゴルに連行、過酷な強制労働に服させた。死亡者は6万人を超えるとされる。いわゆるシベリア抑留である。
 本書は、一兵士として4年間抑留された村山常雄の「戦後史」である。帰国した村山は、1996年の70歳の誕生日を機に、抑留中の死亡者の正確な名簿を作ることを決意する。日本政府は、ソ連などから提供された資料に基づき、死亡者名簿の作成を始めていたが、ロシア語で表記されたものをそのままカタカナに置き換えたため誤記が多く、重複も目立った。
 村山は他のデータと照合しながら、名簿の補正作業に取り組む。1日の作業時間は10時間を超えた。名簿が完成し自費出版という形で公刊されたのは、2007年のことだ。名簿に掲載された死亡者の数は、不完全な表記のものを含めて4万6300人、このうち漢字で表記できたのは、3万2324人だった。
 1926年生まれの村山は、徴兵検査を受けた最後の世代である。つまり、「最下層の二等兵捕虜」として抑留を体験した。そのことが、彼の抑留観に大きな影響を及ぼすことになる。特に、食糧の不平等な分配の結果、下層の兵士ほど死亡率が高いのではないかという問題意識を終始抱き続けたことが重要だ。「犠牲の不平等」への着目である。
 村山はまた、自らの体験を手記にまとめようとして二度挫折している。深い悲しみや怒りのため、冷静に文章化することができなかったのだ。それに代わって選び取ったのが、墓碑銘のように死者の名前を黙々と刻み続ける苦行だった。彼にとって、「死者を刻むことはシベリアの傷を癒やすこと」を意味した。
 著者は、関係者への粘り強い取材を積み重ねながら、村山の人生に寄り添うようにして、この本を書いた。戦争体験継承の一つのあり方を指し示す労作である。
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あおしま・けん 1966年生まれ。毎日新聞社に勤務。著書に『MOCT(モスト) 「ソ連」を伝えたモスクワ放送の日本人』。