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こつのふしぎ 津村記久子

 ある文を書いていて、「こつ」としか言いようがない内容があったのだが、「こつ」と書くのに躊躇(ちゅうちょ)した。「こつ」って今あんまり言わないなと思ったのだった。たぶん世の中では、「ポイント」とか「tips」と言っている。しかし、自分の中ではどうしても「こつ」だったので「こつ」と書いた。

 「こつ」はなんだか変な言葉で、自分が知っているよく使う人はシモーヌ・ヴェイユだ。〈工場日記〉の中でめっちゃ言ってた気がするなあ、と本をめくりながらヴェイユが言う「こつ」を探してみたのだが、「工場のふしぎ」という項で『「こつ」のふしぎ』という見出しがあったり、「わたしの考えてみなければならない問題」として『機械仕事において「こつ」が占める役割』という記述があるぐらいで、めっちゃというわけではなかった。しかもよく考えたら、「こつ」と言っているのはヴェイユじゃなく、訳者の田辺保さんのほうだ。ただ、ヴェイユが書いているのは、やっぱり「ポイント」や「tips」ではなく、工場の仕事の中の「こつ」だったのだろうというのはなんとなくわかる。

 英和辞書では、「point」は「要点、重点」などで、「tip」は「助言、警告」とある。微妙に意味が違うのだ。何かの方法を説明する記述の枠外に「point」とある場合は、説明している側が「要点」と認識させたいということになり、「tips」とあるのは、説明している側の助言だということになる。どちらも「説明している側」からのもので、ヴェイユが言う工場での「こつ」とは違う感じがする。

 改めて「こつ」とは何か? 「こつ」は「骨」と書く。「物事をうまく行う要領。かんどころ」という意味だ。「勘所」は三味線・琴の弦を押さえる位置のことで「はずしてはならない最も重要な所」だという。

 こう並べてみると「こつ」は「骨」だ。骨に覚えさせるような、自分なりの要領が「こつ」であることが見えてくるのだった。=朝日新聞2026年7月1日掲載