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「日本史はいかに物語られてきたか」書評 重なる「史観」の描写にマイッタ

評者: 御厨貴 / 朝⽇新聞掲載:2026年07月04日
日本史はいかに物語られてきたか (新潮選書) 著者:河野 有理 出版社:新潮社 ジャンル:歴史

ISBN: 9784106039478
発売⽇: 2026/05/21
サイズ: 19.1×2cm/320p

「日本史はいかに物語られてきたか」 [著]河野有理

 「史観」で迫る面白い本が出た。章題に挙げられた人物だけでも20人いる。それによって著者は、読者に対して「どうぞ自由自在に。ここに挙げた人物を好きなように選んでお読みください」と示唆しているのだ。
 そこで勝手に自分の好みで「史観」の主をつないでみた。坂本多加雄―網野善彦―佐藤誠三郎―山口昌男―小松左京―山本七平―松本清張―(山崎正和)といった感じかな。私の1960年代末から折々に出会った「史観」の主だ。イデオロギーも何もまったく異なる人々じゃないか、と見られよう。いや、それこそが著者の意図なのだ。既成の枠をとりながら読んでいくと、ホラ、右と左というけれども、両者は「史観」においては意外と近いんじゃないの。いや、だからこういう方向に進んだんだよ。レッテルをとってみれば、そこに本当の「歴史物語」の魅力が出てくるわけ。
 坂本多加雄の身近にいた経験からすると、なぜ「新しい歴史教科書をつくる会」の旗揚げに自ら進んで参加したのか。今なお謎だ。党派的になり、しかも現実の教科書作成では身内に徹底的にたたかれた彼の姿を思うと、残念無念。「史観」はその主を変えることもあると知った。
 もう1人、佐藤誠三郎をよくぞ取り上げたと思う。最近、政治学史の中でもよく評価の対象となる。著者が言うように、きわめて寡作で共同研究が多く現実政治に党派的に入り込んでいた彼を、それがゆえに「史観」の主として語る。我が師のダメと思った部分が「史観」の中によみがえる手際は見事だ。イエ社会論をどう見るか。村上泰亮(やすすけ)をどう位置づけるか。それは課せられた宿題か。
 坂本多加雄と山崎正和の最後の対談に、「史観」を語る著者の当座の結論が見えてくる。それ以上に網野と佐藤と山口、そして山本の4人の「史観」の微妙な重なり具合を描き出す著者の悪戯(あくぎ)の前に、マイッタ、マイッタ。
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こうの・ゆうり 1979年生まれ。法政大教授(政治学・政治思想史)。著書に『明六雑誌の政治思想』『偽史の政治学』など。