野宮有さんの読んできた本たち(後編) 地方出身で衝撃受けた「ここは退屈迎えに来て」「傲慢と善良」
――卒業後はどうしようと思ったのですか。就職活動されたとのことでしたが。
野宮:頭の中にうっすら、自分は文章が書ける、というのがあるんですよ。だから1回小説家は諦めて、コピーライターになろうと思いました。それで就活をしたんですが、東京に出る勇気はなく、福岡の広告代理店をいっぱい受けたんですけれど、福岡だと採用人数も限られていて全然引っかからなかったです。面接で小説を書いていますというのが恥ずかしくて普通に「副部長やっていました」みたいな、もう面接のNGの例をそのままやっていて。結局コピーライターにもなれず、中小企業に就職しました。
――社会人になってからの読書は。
野宮:輪をかけて本を読まなくなっちゃったんです。漫画は読んでいました。近所に漫画の貸し出しをしているTSUTAYAがあって、そこで『おやすみプンプン』とかを借りて。映画も観ていました。「ジョン・ウィック」とか、「ベイビー・ドライバー」とか。そこは大学生生活の延長みたいな感じでした。
小説は、話題作は読むけれど、掘っていくところまではいきませんでした。もともと小説を書くために小説を読んでいたので、いったん小説家を諦めたので読まなくなっちゃったんですよね。諦めた手前なんか読めない、みたいな気持ちもありました。当時、朝井リョウさんの「オールナイトニッポン」を聞きながら「ああ、俺は諦めちゃったんだ」と思っていた記憶があります。
――お仕事は、最初は営業部配属だったのですよね?
野宮:そうです。東京配属で、でも名古屋の担当で、出張のたびに一週間くらいホテル暮らしをしていました。
大学生の時、いろんな飲み会に断らずに行っていたので人見知りは治ったから営業でも大丈夫かと思っていたんですけれど、もう全然向いていませんでした。なんか、社会人適性があんまりないというか。学生の飲み会のノリの会話はできても、社会人の大人の会話ができないんです。それで半年くらい経ったときに、広告などを作るような企画の部署の部長に呼び出されて、「異動です」って言われました。
それで福岡に戻ったら、もともと有名なところにいたけれど疲れてうちの会社にきたという、本物のコピーライターの先輩がいたんです。自分の会社は別にクリエイティブな会社でもないのに。
当時、オウンドメディアが流行っていて、自分の会社では若手社員が企業の情報発信する記事を書いていたんです。自分は営業には向いていなかったんですけれど、その記事だけはめちゃくちゃ真面目にやりました。本当に仕事ができないけれど、文章書くことくらいは得意なんだしちゃんとやろう、みたいな感じで。どうやらライターの先輩がその記事を見ていて、自分が営業をクビになると知って、会議の時に「この人企画にどう?」と感じて引っ張ってくれたらしいです。
その先輩が師匠みたいについて、文章をみてくれました。自分は文章上手いと思っていたんですけれど、本当のプロの第一線の方からすると全然駄目、という感じでしたね。それで自分も、小説ではなく商業の文章をちゃんと上手くなろうと思って、特訓の日々が始まりました。
――特訓ですか。
野宮:パンフレットに載せる本当に短い説明文でも、もう何回も手直しするんです。上司はOK出しているのに、ライターの先輩からは一個もOKが出ないんです。先輩は、言っていることはめちゃくちゃ厳しいけれど、言い方が全然怖くないんです。だから僕もへらへらしながら手直しをしていました。もう全文に赤が入ったり、5パターン出してこいと言われたり、説明するだけじゃなくて切り口を用意しろとか、文章は表現のジャンプさせるのが大事だとか、妥協するなとか言われて、鍛えられました。
――いい先輩ですねえ。
野宮:ああいう中小のメーカーにそういう先輩がいることなんて普通ないので、本当に運がよかったです。その人のおかげで文章が上手くなりました。自分もその人に認められたくて、もう商業ライターとしてやっていこう、みたいな気持ちになっていました。
その先輩は前の会社を激務で疲れて辞めて、充電期間としてうちの会社に来たんです。見ていると、自ら激務を引き寄せているんですね。妥協しないから。社長が「もういいよ」と言っているのに「この文章はやり直しします」と言うような人でした。
その人が、充電期間が終わって、「独立します」となったんですよ。「フリーのライターになります」って。それを聞いて、本当に身勝手な話ですけれど、梯子を外された感覚になったというか。「え、先輩が辞めたらもう教えてくれる人がいないじゃん」って。先輩はすでにクライアントをつかまえていて、もうバリバリやれる態勢も整えていました。「先輩はこれから活躍していくんだ」「じゃあ自分はどうするんだ」となった時、ひとつ考えた案は、給料は下がるけれど制作会社とかに転職してコピーライターとして修業する。もう一個の案として、そういえば高校生の時に書いた長篇があったから、これを完結させて応募して、駄目だったら転職して商業ライターとしてやっていく。その二択だったんです。で、書き上げて、どこに応募するか考えて、まあライトノベルかなという感じで応募した電撃小説大賞で引っかかりました。だから受賞していなかったらたぶん、他の賞に応募するといったことはせず、小説家を諦めてコピーライターを目指していたと思います。
――デビューしてからお仕事との両立はいかがでしたか。
野宮:そもそも会社が激務だったんです。毎日11時まで仕事して、土日も出勤で、帰ってから2時まで原稿を書いていました。当時、寝ていないし締切もあるしで、ずっとイライラしていました。それで上司に意見するようになったりして、だいぶ武闘派の性格になっちゃいました。まわりに合わせて野球もやっていないのに将来の夢に「野球選手」って書くような子供だったのに。人格が変わりましたが、まあ、いい方に変わったとは思います。物怖じしなくなったので。
その頃、あまりに忙しくて家で5回くらい金縛りにあったんです。ちょっと怪しい家ではあったんですけれど、これは心霊現象じゃなくて、疲れすぎているからだと思いました。それに、作家でやっていくとなったら東京に行きたいということもあり、会社に「辞めます」と言ったら、上司が「週三勤務でどうかな」って引き留めてくれたんですよ。しかも、東京勤務でいいよ、って。いい会社なんです。ちょうど働き方改革の流れもあって、会社がホワイトになっていたこともあります。それで東京に来て、週三会社で働きながら作家を続けることになりました。
――生活にどんな変化がありましたか。
野宮:慌てて本を読み始めました。ライトノベル作家が書くライトノベルを参考のために読んでいったんですけれど、どうやら自分の書くものはライトノベルっぽくないぞと気づきました。で、ライトノベルを読むよりは一般文芸を読んだほうが逆に差別化になると思い、中村文則さんとかをまた掘り始めたり、『テスカトリポカ』の佐藤究さんとか、呉勝浩さんとかを読んだりしていました。
海外文学もちゃんと読むようになりました。テッド・チャンがすごく好きでした。『息吹』とか。海外ミステリでは『そしてミランダを殺す』のピーター・スワンソンとかが好きでした。あとは話題になった作品ですね。『三体』とか、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』とか、『カササギ殺人事件』とか。
新人賞を獲ってデビューした人の小説もいっぱい読んでいました。澤村伊智さんの『恐怖小説キリカ』がすごく好きでしたね。『ぼぎわんが、来る』が売れたちょっと後に、澤村伊智を主人公とした小説を書くなんて度胸がすごいな、って。自分と同じくらいの時期にデビューした人の作品を読むことは多いです。やっぱり悔しくなりますが、それでも逃げないぞと決めて読むんです。岩井圭也さんも僕と同じくらいにデビューして活躍されているので、悔しいなと思いながら読みました(笑)。荻堂顕さんとかもそうですね。
同じレーベルからデビューして飛躍している人も読みます。斜線堂有紀さんは、電撃小説賞のメディアワークス文庫賞で自分より2年前にデビューされている。『私が大好きな小説家を殺すまで』を読んで、こういう人が文芸のほうに行くのかと思いました。考えてみたら、斜線堂さんの存在が大きいかも。ライトノベルでデビューして、文芸のほうに行けるんだ、みたいな。もちろん、桜庭一樹さんや冲方丁さんもそうですし、そういう人はいっぱいいるんですけれど、斜線堂さんは近い時期に同じ賞でデビューした人なので、そういうルートもあるんだと意識しました。
――その頃にはライトノベル以外にもいろいろ書きたいという気持ちが強くなっていたのですか。
野宮:そうです。1作目がデビュー作で、2作目はライト文芸みたいなジャンルでミステリを書いたんですよ。ありがたいことにそれが重版したんです。重版したら一般文芸から声がかかるかなと思っていたら、かからない。どうやら普段文庫で書いている人と単行本で書いている人では立場が違うらしいぞということに気付きました。
――ちなみに電撃文庫がライトノベルで、メディアワークス文庫がライト文芸ということですか。ライトノベルとライト文芸の違いって明確になにかありますか。
野宮:「レーベルの違い」くらいだと思います。同じレーベルでも本当に作品によって違います。ライトノベルでも桜庭さんの『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』みたいな「ほぼ純文学じゃん」という作品もあるし、ライト文芸だけど本格ミステリもありますし。当時は電撃文庫の編集者さんがメディアワークス文庫を担当したりしてたので、あまり垣根は感じませんでした。作品を書いてからどっちから出すか決めることもありました。
――野宮さんの2作目『愛に殺された僕たちは』はメディアワークス文庫から出されていますよね、これは過酷な家庭環境に育った少年少女の話。次に出されたのが電撃文庫の『嘘と詐欺と異能学園』のシリーズ一作目。これは天才詐欺師の少年と、天才的な演技力を持つ少女が、異能力を持たないのに異能力者のふりをして周囲を騙していく話ですね。
野宮:しばらくライトノベルとライト文芸を交互に出していました。でも、メディアワークスで次に出した『ミステリ作家拝島礼一に捧げる模倣殺人』は謎解きのミステリでした。そうやっていくうちに自分が書くものも、だんだん一般文芸寄りになっていった感じです。
――2023年には『魔法少女と麻薬戦争』で少年ジャンププ+×note原作大賞を受賞して、漫画原作者としてもデビューされていますね。
野宮:そうですね。漫画原作もやりたいなと思っていたんですが、やっぱり一向に声がかからなくて。たまたま正月の帰省中にジャンプ+がnoteさんと共催で漫画原作を募集していると知り、締切まで2週間くらいだったので慌てて書き上げて応募しました。それが本当にありがたいことに受賞しました。
――『魔法少女と麻薬戦争』は、どうしてこのふたつを掛け合わせようと思ったのですか。
野宮:理由はふたつあるんです。ひとつは、自分はヒップホップが好きなんですけれど、ラッパーが「ラブ&ピース」と言っているのに覚醒剤とかで捕まったりしますよね。その覚醒剤の密売の背景には全然「ラブ&ピース」じゃない出来事が起きていて、殺される人もいる。なのに、なに「ラブ&ピース」とか言ってんだ、みたいな気持ちがありました。それで、薬物ダメ絶対、をテーマに書こうと思っていました。
もうひとつは、めちゃくちゃ持ち上げられた芸能人とか何かを達成してたたえられた有名人が、なにかやったら一気に過酷に叩かれる側に回ることが多いですよね。何かに貢献したのに、それゆえに過酷な状況に陥っている。そこから、世界を救った救世主が、何の見返りも得られずに苦しい状況に追い込まれる設定を思いつきました。
それを掛け合わせました。世界を救った魔法少女たちが、何のアフターフォローもされず、世界から認識されなくなって、その復讐で麻薬を広めるという話になりました。
――漫画原作も手掛けるようになり、それとは別に一般文芸を目指して...。
野宮:そうですね。また長篇を書いてプロアマ問わない賞に応募しないと駄目だなと思い始めました。
たとえば降田天さんも、もともとライトノベル作家で、『女王はかえらない』で『このミステリーがすごい!』大賞を獲って一般文芸に来ているので、「そっか、このルートがあるのか」と思いました。森バジル君もライトノベルでデビューした後で松本清張賞を獲っているし、佐藤究さんは純文学でデビューした後で江戸川乱歩賞を獲られている。そういう存在は心強かったですね。
乱歩賞に応募したのは、受賞作家に好きな人が多かったからです。佐藤究さん、高野和明さん、呉勝浩さん。藤原伊織さんの『テロリストのパラソル』も好きでした。なんなら東野圭吾さんも乱歩賞出身ですし。
――2025年に江戸川乱歩賞を受賞した『殺し屋の営業術』は、凄腕営業マンの鳥井が主人公です。ご自身の営業経験がヒントになっているのですか。
野宮:営業部にいた時は本当にポンコツだったので、営業はせずにシステムの使い方を教える人になっていたくらいでした。異動したあとに研修を運営する仕事をしていて、コンサルの人と一緒に営業のマニュアルを作ったことがあったんです。そこで営業に関わる理論を勉強したことが、『殺し屋の営業術』に活きているという感じです。
――たまたま殺し屋の仕事現場に居合わせてしまった鳥井は、口封じのために消されそうになり、とっさに営業トークを繰り広げ、殺し屋たちに営業として雇われることになる。途中からコンゲームの様相をおびてきますが、もうすっかり騙されました。
野宮:最初に書いたコンゲームものは電撃文庫の『嘘と詐欺と異能学園』で、書いた時に「自分はコンゲームものが得意だな」と思ったんです。
あれは詐欺師の主人公と演技がうまいヒロインが、何の能力もないのに異能力者の学園に入って計画と演技だけで乗り切る話です。あの設定だけ思いついて、これでいきましょうとなったのはいいものの、「え、本当にこれでいくの?」みたいな感じで始まったんですよ。こんな設定、難易度高すぎると思いました。でもミステリ的にちゃんとやろうと思って苦労しながら書いたら、意外とコンゲームについて面白く書けたんです。それでこれは得意なんだなと思い、自分の手札として残していました。『殺し屋の営業術』の設定を思いついて、終盤はコンゲームにしようと思ったのは、その手札があったからです。
――鳥井は凄腕の営業ですが、趣味もなく、楽しみもなく、何も満たされないでいる。そんな人間が裏社会に入って変化していく様子が面白かったです。
野宮:満たされていない主人公が変化していく過程を書くことが多い気がします。作中にも書きましたが、才能はあるのに自分では「ここじゃない」という気持ちがあって、何もかも一致していないというのが、鳥井の中の満たされていない感覚になっている。そういう人物が裏社会にいったら、野生の鳥の捕食被捕食の関係みたいな、自己実現とかそんなこと何も考えなくてもいい問答無用の世界に安らぎを見出すんじゃないか、みたいなことを想像してキャラクターや展開が決まっていきました。
――前半はコミカルですけれど、途中で本当に問答無用の世界だということを鳥井も読者も思い知りますよね。ああいう容赦のなさは、どのように意識されて書かれているのですか。
野宮:映画監督のインタビューを見るのが好きなんですが、「ジョーカー」の監督のトッド・フィリップスが「観客に暴力のリアルを感じさせ、その重みを感じさせることの方が、僕自身は責任を持って描いていると思っている」と言っているんです。あの映画の影響でいろんなことが起きて、その落とし前をつけるために「ジョーカー2」がああなった、みたいなところはありますが、あの発言に影響を受けて、自分も、裏社会は本当に怖い世界なんだということは書こうと思っていました。
美化したくなかったんですよね。僕はヤンキー漫画でも、ヤンキーをただ格好よく描いたものはあんまり好きじゃないんです。
それと、暴力じゃなくてもいいんですけれど、やっぱりあらすじから予想がつかない方向にいく話が好きなんです。映画でいうとポン・ジュノ監督の「パラサイト」なんてそうですよね。荻堂顕さんの小説もそういうのが多いし、小川哲さんの『ゲームの王国』なんかも、下巻でずいぶん変わりますよね。ああいう、読者が期待しているところのその先を見せてくれる作品が好きだし、自分でもやっていきたいです。それもあって、クライムノベルを書く時は、もうどんどん後戻りがきかなくなっていって「やばいです、もう終わりです」みたいな展開を作って、そこからどう切り抜けるかを考えるようにしています。
朝井リョウさんもインタビューかラジオかで、読者を突き落とすなら作者も一緒に崖から落ちなければいけない、みたいなことをおっしゃっていたんですよ。それを聞いて、保身に入らない、みたいなことかなと思ったんです。僕は自分の人間性に触れるようなものはあんまり書いていませんが、ただ気持ちいいだけの話にはしない、みたいなところは朝井さんの影響があるかもしれません。主人公をめちゃくちゃ過酷な状況に突き落とすとか、犯罪小説でなくて青春小説だったとしても甘えさせないというのも、その影響かも。
――朝井さんの影響は大きいですね。
野宮:自分が大学生くらいの時に朝井さんはもう直木賞を獲られていたので、やっぱり常に自分に対して「朝井さんがいるんだからな、調子に乗るなよ」とは思っています。
それでいうと、ここ最近、連続してスティーヴン・キング原作の「ロングウォーク」と「サンキュー、チャック」を観たんですよ。それでウィキペディアで過去のキング作の映画を調べてみたら、「これも」「あれも」「それも」となって。「こんな人がいるなら一生調子に乗れないじゃん」とはすごく思いました。目指さなきゃいけないのは、スティーヴン・キングなのかも。そこまで作品を読んだわけじゃないですけれど。
――映画監督のインタビューを見るのがお好きだとのことですが、そういえば以前、「マンチェスター・バイ・ザ・シー」の監督のインタビューについて話されていましたよね。
野宮:あれはシリアスな映画だけれど、くすっと笑える場面もあるんです。ケネス・ローガン監督がインタビューで、笑える箇所も作らないと本当にシリアスになってしまう、みたいなことを言っていたんですよね。
僕も、ひどすぎて笑うしかないという状況からコメディみたいなものも含めて、なにかしらちょっと笑える要素は入れたいと思っています。本当にしんどいだけの話も好きなんですけれどね。
――作品ごとに文体やトーンを自在に変えていますよね。
野宮:そうですね、誰も死なない青春小説を書いたこともありますし。この設定で書くと決めたら、その作品の最適なトーンを考えます。どこまで描写するかとか、速度とかを決める。『殺し屋の営業術』と『殺し屋の出世術』はそこまでグロく書かないことを意識していますね。いうならポップにしてます。
――その後の読書生活はいかがですか。前に、好きな作家に貴志祐介さんのお名前を挙げていましたが、何を読まれたのですか。
野宮:最初が『悪の教典』で、そこから『天使の囀り』などを読みました。貴志さんは自分の目指している道のはるか先にいる人というイメージがあります。予想もつかない展開のエンタメを書かれる方として。
呉勝浩さんもそうですよね。呉さんは『爆弾』も好きだし、『スワン』とかも好きだし...。『スワン』はショッピングモールでの無差別殺人も描かれますけれど、残酷描写そのものよりも、台詞の感覚が好きなんですよ。それと、主人公に対する容赦のなさも。主人公が過酷な環境に置かれて、じゃあそこからどうする、というような作品が好きです。新作の『アトミック・ブレイバー』は格闘シーンの細かい駆け引きとかが面白かったですね。
あ、人生でいちばん「うわあ」となったのはあれかも。山内マリコさんの『ここは退屈迎えに来て』。
――へええ。地方都市のさまざまな人間模様・人生模様が描かれる作品集ですよね。
野宮:やっぱり自分も田舎出身なので。辻村深月さんの『傲慢と善良』もそうですけれど、ああいうのはダメージが強すぎます。そのなかでもいちばん「あーっ」となったのが『ここは退屈迎えに来て』かも。食らいまくりました。でも、自分の地元はあそこまで都会じゃないです。
――ところで、コンゲームに関しては、影響を受けた選考作品はありますか。
野宮:ギャンブル漫画はすごく好きです。『嘘喰い』とか大好きですし、『カイジ』とか。『ライアーゲーム』はドラマも観ていました。コンゲームとは銘打っていないけれど、垣根涼介さんの『ヒートアイランド』もその要素があると思うし、最近読んだんですけれど柳広司さんの『ジョーカー・ゲーム』も、ミステリだけれど相手を騙すという要素がありますよね。
――最近、読む本はどうやって選んでいるんですか。
野宮:人から薦められた本は読みますね。作家の飲み会で「これ面白かった」と聞いたものは読もうと思うし。新人賞や文学賞を受賞したものもチェックしてます。それと、SNSの裏アカで、いろんな本の感想を挙げている人で「この人は信頼できる」と思う人を何人かフォローしているんですけれど、そうするとタイムラインに勝手にリコメンドされて、いろんな本の情報が流れてくるんです。そのなかから気になったものを読んだりしています。いま気になっているのが、今度刊行されるqntmさんの『反ミーム部門は存在しない』。なんか面白そうだなと思って。
衝動買いもあります。今日は予算1万円前後と決めて書店に行って、全然オーバーすることもある。まだ読んでいない本が家に100冊くらいあります。
学生時代は特定の作家を掘ることをやっていましたけれど、今はもういろんな作家、いろんなジャンルを読むようにしていますね。むしろ最近は犯罪小説を読んでいないかも。あまり影響を受けるとよくないなというのと、やっぱりいろんなジャンルを読みたいというのがあって。
最近は同世代くらいの作家を読むことが増えています。森バジル君もそうですし。ちょっと下の世代になりますけれど、『救われてんじゃねえよ』の上村裕香さんは文体が好きです。
あとは、これまで読んでいなかった名作。さきほど言った柳広司さんの『ジョーカー・ゲーム』は、俺はこんな面白いものを読み逃していたのか、と思いました。月村了衛さんの『機龍警察』もそうですね。西尾潤さんの『愚か者の身分』もすごく面白かった。
純文学では、金原ひとみさんの『YABUNONAKA -ヤブノナカ-』が本当に面白かったんですよ。綿矢りささんの『勝手にふるえてろ』は小説も映画も好きです。安堂ホセさんの『DTOPIA』も、あまり見たことのない感じの文章で好きでした。
――さきほど作家の飲み会、とおっしゃいましたが、結構あるんですか。
野宮:たまにあります。そのために東京に来たんです。飲み会に誘われたくて(笑)。
――作家同士で話す機会といえば、森バジルさんと「密室通信」というポッドキャストを始められたんですよね。
野宮:自分もポッドキャストはうっすらやりたい気持ちがあったんです。一人でやる気はなくて、誰かが誘ってくれたらやろうかなと思っていたら、たまたま森バジル君が誘ってくれたんです。初対面の時に(笑)。
――お互いのノリが合うかまだよく分からない段階でよく決めましたね。
野宮:いやマジで収録した時点までは不安でした。森君はいい人なのでそこが不安なのではなくて、自分の話が人に楽しく聞いてもらえるレベルのものかが不安で。収録でも普通にただ喋っていただけだったんですけれど。編集したものを聞いた時に、「あ、大丈夫かも」と思いました。
――毎回すごく面白いですよ。ところで今は、会社は辞められたのですか。
野宮:今年の3月から専業になりました。
――では、最近の1日のルーティンは。執筆時間などは決まっていますか。
野宮:小川哲さんが、人間は5時間しか集中できない、みたいな話をされていたんですよ。それを踏まえて理想の話をしますね。8時には机に向かい、5時間後の1時まで集中して書きます。午後からは休むなり、調子がよかったら続けるなりする。それが理想ですが、だらだら夜までやる時もあります。1日にだいたい何ページ書くかはある程度決めているんですけれど。最近はもうサッカーのワールドカップのせいで全然できていないです。ワールドカップが終わったら心を入れ替えます。
――『殺し屋の営業術』は今年の本屋大賞にもノミネートされて話題を集めました。そして待望の続篇、『殺し屋の出世術』が7月29日に刊行されますね。
野宮:『殺し屋の営業術』が刊行されてちょっとしてから「続篇書きませんか」と言っていただいたんです。今回「出世術」にしたのは、どういう状況になったら鳥井がいちばんピンチかと考えてのことです。第一作でも書いているんですけれど、鳥井は社内政治や社内営業が苦手なんですよ。どの会社に入っても営業成績1位になるけれど、次第に社内で疎まれて、自ら社を去っていくというのを繰り返してきた。じゃあどうしても出世しないと終わり、みたいな状況になったら鳥井にとってピンチじゃん、と思いました。
――裏社会で出世競争ってどういう状況かと思ったら、前作で入った殺人請負会社〈極東コンサルティング〉の社長の座を争わなくてはならなくなるんですね。しかもライバルは指定暴力団浦乃組の幹部、巣ヶ谷のもとで裏ビジネスを展開している鷹見という男。つまり鳥井にとって勝算は限りなく低い。
野宮:出世争いも、裏社会ではより理不尽な状況になるだろうと思いました。それこそ敗れた奴はもう死ぬしかない。なのにもう事前に根回しされていて、相手が勝つことは決まっている...とシミュレーションして展開を考えました。
――鳥井は前作である意味「覚醒」しているから、今回は彼の成長というか変化を描くのは難しいですよね。
野宮:毎回シリーズを書くたびに、第1巻で主人公が成長しちゃっているのにどうするんだ、と思います。今回も、もうあんまり鳥井の変化を書く必要はないなと思って。なので鳥井が成長するというよりは、鳥井によって変化させられる人々を描いたほうが面白くなるかな、と。
――複数の視点人物がいますが、そのなかの新しいキャラクター、ライバルとなる鷹見の側近、翼という屈強な少女が強烈な印象を残します。
野宮:1作目でも、第三者の視点を入れることによって、鳥井のいびつさが強調されると考えていました。今回も別の人物の視点から鳥井を書くつもりでいたんですけれど、じゃあ誰の視点で書いたら面白いかと思った時に、敵側から書いたほうが面白い、と。それもライバルである鷹見本人ではなく、鷹見の側近にすれば、鳥井だけでなく鷹見の得体のしれなさも演出できると思いました。
――ネタバレになりかねないので具体的には言いませんが、レギュラーメンバーも意外な一面を見せますね。あの設定は前から考えてあったんですか。
野宮:前作では考えていなかったんですけれど、先輩作家が「もし続篇があるなら、他のキャラクターの掘り下げも読みたい」みたいなことをおっしゃってくださったんです。誰がいいかと考えた時に、ああなりました。
だから、今回は怪獣映画みたいなものなんです。鳥井と鷹見はゴジラとキングギドラで、彼らを見ている他の視点人物が主人公なんです。
――今回も楽しく拝読して、気持ちよく騙されました。第三弾もありますよね? 今後のご予定はいかがですか。
野宮:今は「殺し屋」の第三弾に取り掛かっています。三作目まではこのシリーズに集中して、その後いろいろ動く予定ですね。犯罪小説も書くし、ちょっと違うテイストのものも書く予定です。青春小説も書きたいんですよね。いろいろやろうと思っています。
他には、漫画原作の『魔法少女と麻薬戦争』の第3巻が8月4日に、『殺し屋の営業術』のコミックス第1巻が9月9日に発売になります。