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様々な作品を「原作」として 鈴木結生

イラスト・齋藤菜穂

 朝日新聞といえば誰もが知っているが、朝日新聞出版というと多くの人はピンとこない。私がこの版元からデビューした時、そのことが少なからずストレスだった。それは芥川賞を受賞した後も変わらず、しかし昨年、映画『国宝』が大ヒットしたことにより、状況は様変わりした。今やタクシーの運転手や初対面の相手に対し、私は「『国宝』の出版社で小説を出した」ということができる。


 そんな有難い『国宝』の吉田修一氏による原作を、私は最初にAudibleで聴いた。昔から、本物を見なくてはダメだ、という父の教育によって、何でも面白いと思ったらその源流へ遡(さかのぼ)る、という手順を踏んできたが、これほど素晴らしい原作体験もなかなかなかった。さて、今回は更に源流へ。『国宝』Audible版を朗読された尾上菊之助改め菊五郎氏の襲名披露公演を観に行く。


 博多座で歌舞伎を観るのは高校以来。改めて興味深かったのは、歌舞伎というのはすべて「原作付き」だということだった。今回披露された三つの演目でいえば、「ぢいさんばあさん」は森鷗外の小説、「男伊達花廓(だてはなのよしわら)」は河竹黙阿弥の世話狂言、「連獅子」は能を原作としたものであり、この伝統芸能が他のあらゆるジャンルを貪欲(どんよく)に食い散らし成長してきた(未だに漫画やアニメを吸収し続けている)、いわば日本文化の集合体であるということを実感するのである。幕間(まくあい)は、鷗外の原作小説を読んだり、改めて映画版『国宝』の「連獅子」のシーンに戻ったりもして、文化の行ったり来たりに酔い痴れた。


 さて博多座を出たら、お次は川端通商店街を通ってキャナルシティのユナイテッド・シネマへ、濱口竜介監督の最新作『急に具合が悪くなる』をプレミアム・ダイニング(ラグジュアリーシート、めちゃくちゃおすすめです)で観る。この映画については既に、主人公役の二人がカンヌ国際映画祭の女優賞を共同受賞して、各界から様々な批評と賛辞が寄せられている。私も率直に感動したし、あんな風に静かでありながら、真っ直ぐに強く思考していき議論する映画が一種の大衆性を持ちうるということに、創作欲求を刺激された。特に心を打たれたのはやはり足の表現である。個人的にはヨハネによる福音書13章に記された洗足のことを思い出しながら、最後のシーンでは涙していた。


 ところで、本作もまた「原作付き」の映画である。が、その在り方は大分特殊だ。原作本は、哲学者・宮野真生子氏と人類学者・磯野真穂氏の往復書簡。だが、映画で描かれるのは日本人の舞台演出家・森崎真理とフランス人の介護施設長・マリー=ルーの交流であり、一見すると両者の関係は皆無にも思える。しかし、映画を観た後に原作本を読めば、なるほどこれは確かにこの本が原作なのだ、と思えてくるのだから不思議だ。


 監督のインタビューを色々と見聞する中で印象的だったのは「自分のオリジナルとしては世の中の視線に耐えられないものを、既に存在している原作によって『こんなことがあるかもしれません』ということを言い易くなる」という言葉だった。この世に一つの作品をあらしめる、ということには常に不安がつきまとう。本当にそれは存在していいのか? 自分はそれを信じているか? しかし、ある原作に依拠することでその不安は解消され、確かな足場の上に新たな想像力の展開が生まれていく。


 私の作品もまた、様々な先行作品を広い意味での「原作」として初めて成り立つものだ。それがまた別の何かの作品を生み出す土台となればいいと思う。

=朝日新聞2026年8月9日掲載