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山内マリコさん「陽子さんはお元気ですか?」インタビュー 夫にものが言えなかった女性たちに贈る結婚アプデ物語

山内マリコさん=武藤奈緒美撮影

姑VS嫁って決めつけ、やめません?

――最新刊『陽子さんはお元気ですか?』(オレンジページ)の主人公は58歳の専業主婦・陽子さん。これまで20代~30代女性の主人公を描くことが多かった山内さんが陽子さんを主人公にしたのはなぜでしょう。

 当時の編集長からオレンジページの読者像についてうかがい、広い世代に共感を持って読んでもらえる年齢設定にしたいなと思いました。私にとって「オレンジページ」は、専業主婦の母が読んでいたイメージ。今は共働き率が高いので、専業主婦というと時代に逆行している感じがありますよね。もし自分が専業主婦だったら、それを鼻にかけたセレブ系ではなく、ちょっと後ろめたさや疎外感を感じているだろうなと、陽子さんのキャラクターを作っていきました。

 この連載は2023年から始まったのですが、準備期間にたまたまNHKの「あさイチ」で、女性のひきこもり特集を見たことも大きくて。家族以外との会話がない主婦や家事手伝いの人も、広義のひきこもりに含めるようになったそうなんです。私も家が大好きなひきこもり体質なので、もし専業主婦だったら絶対そうなってるなと。けど、それが不幸なこととはあまり思えなくて。

 陽子さんは料理やインテリア、ガーデニングなど家のことをやるのが趣味的に好きという、根っから主婦向きなタイプ。一人で家のことをしている間は、満ち足りているんです。けどそれは、夫が会社に行っている時間限定の幸福で。再雇用の任期が終われば四六時中一緒にいる羽目になる……。

――そこに風穴を開けるのが息子・洸太郎の彼女、みやちゃんですね。陽子さんのインテリアを「おばさん趣味全開って感じ」とくさした洸太郎に対し、肩パンチをお見舞いするみやちゃんにスカッとしました。ふつう、未来の姑VS未来の嫁となりそうなのに、みやちゃんは陽子さんの味方をし、陽子さんもみやちゃんの新しい価値観を素直にリスペクトします。なぜ対立させなかったのですか。

 私はそのVSとずっと闘ってるんです。女性同士を対立させがちな社会の慣習を、フィクションの中で切り崩すのが自分のテーマでもあって。嫁と姑の関係も、昔はたしかに相当ハードないじめの構造があったと思いますし、今もそれで苦労している人もいるとは思います。けど、手癖で書かれがちな女性同士のVSの代表でもあって。そこには抗いがたいなと。

 実際、わたしは夫の母が大好きですし、だったら現代の若者はもっと、嫁姑がギスギスするものという思い込みから自由になっていそう。というか、なっていてほしい。そんな願望も込めて、このふたりをシスターフッドで結べないかと考えました。

 

山内マリコさん=武藤奈緒美撮影

勇気を出して、人生の棚卸し

――ヴィーガンのみやちゃんに導かれ「アニマルウェルフェア」(動物福祉)について考えるようになる陽子さん。鶏や豚などの家畜も快適な環境下で飼育するべき、という考え方です。

 ちょうど連載がはじまった頃に知り合った20代の女の子がヴィーガンで、彼女にアニマルウェルフェアについて教えてもらったんです。自分でも本を取り寄せて読んでみたら、知らないことだらけで。特にEUではもう何十年も前から、卵や食肉にどんな飼育方法で育てられたものか明示されていたり、畜産動物にとって快適な飼育環境の基準が定められていたりするそう。それが先進国ではスタンダードなんだと知って、いろいろ思うところがありまして。

 日本が経済的に停滞した「失われた30年」は、丸々平成30年でもあり、陽子さんが結婚して主婦となった30年とも重なります。30年間、海外では変わっていても、日本では変化なしってこと、すごく多いですよね。避難所の様子なんかもそうですが、同じ政権が続いて、ぬるい政治を許してしまって、経済だけじゃなくあらゆるものが停滞している。そんな停滞ぶりを象徴するカウンターとして、みやちゃんのヴィーガン設定が決まりました。

――この問題を、料理を扱う「オレンジページ」で書いたことにも驚きました。

 わたしに連載依頼が来たということは、フェミニズムやジェンダーなど社会的なことを小説の中に紛れ込ませることを期待されてるのかなって、そこは忖度せずに書きました。「オレンジページ」って食以外にもいろんなコーナーがあって、読者がきちんと読み込んでくださるんです。いざ連載が始まったら、たくさん反響があり、ホッとしました。

――これは陽子さんの生き直しの物語でもありますね。

 その通りです! ベースにあったのは、アガサ・クリスティーの『春にして君を離れ』。家庭円満だと信じてきた中年女性が、じつは自分の独善的な性格に娘からも夫からも愛想をつかされていることに気づいていく物語です。本作も、「陽子さんはめったに鏡を見ない」という一文で始まります。年齢を重ねれば重ねるほど、自分を直視するのは怖くなる。でも、陽子さんにはすてきなものをすてきだと思える少女のような心があり、このままではよくないという自覚もあった。そのおかげで、だんだんと自分の内側に目を向けはじめるんです。

 

山内マリコ『陽子さんはお元気ですか?』(オレンジページ)

「結婚したい!」で目覚めたフェミニズム

――後半はみやちゃんによって目覚めた陽子さんが夫・和彦に離婚を切り出します。

 以前、『結婚とわたし』という、夫との同棲〜結婚生活をリアルタイムに綴ったエッセイ本を出しました。私は夫と対等でありたいから、「おや?」と引っかかることがあればケンカも辞さないし、むしろケンカが大事なコミュニケーションだとも思っていて、しょっちゅう家事分担をめぐって揉めてるんです。そのエッセイの感想でよく見かけたのが、「わたしもちゃんと相手にものを言えばよかった」「うちはもう諦めてます」といったもので。そうか、みんなそんなに夫に遠慮して、自分を押し込めているのかと思いました。

 あの感想をくれた人たちが、どうやったらモヤモヤをパートナーにぶつけられるようになるのか。今回、陽子さんという内気な、夫や息子から舐められているキャラクターを書くことで、そこに向き合いたいと思いました。ご都合主義のファンタジーにはしたくなかったので、後半の展開はものすごく悩みながら書きましたね。

――ここからはネタバレですが、陽子さんは最終的には再構築を選びます。最近の家族の物語って「脱家族」で終わることが多いのに珍しいと思いました。

 和彦は深刻なモラハラでもなく、暴力もふるわず、浮気もしていない。ただ、OSが古いままアプデせずにきているから、一緒にいると女性はどんどん削られる。すごくよくいるタイプですよね(笑)? 私が陽子さんの友達だったら、離婚ではなく関係修復を勧めるなと思いました。なにしろ専業主婦であることは、陽子さんにとって幸せの条件でもあるので。それに関係修復は、ある意味、離婚と同じくらい勇気がいることです。

――山内さんはフェミニズムやジェンダー差別などをテーマに作品を書き続けています。その原点は。

 私が若かった頃は世の中にジェンダー意識って本当になくて、自分自身、そういうことには無自覚でした。ところが20代後半になってくると、「あれ?」と思うことがどんどん増えていった。結婚を焦りだしたり、年齢を恥じるようになったり。それまで積み上げてきた価値観が無効化されて、みるみる自分を見失っていきました。これはなんなんだろうと、ものすごく悩むようになって。

 その頃、小説家を目指して模索中で、読書の幅を広げていた時期でもあって、少しずつジェンダー意識が芽生えていたんです。最大の出会いは、上野千鶴子さんの「ニッポンのミソジニー」。衝撃を受けました。ずっと視力0.2くらいでぼんやり見えていた世界が、いきなり2.0で見渡せるようになった感じで。悩みが全部フェミニズムによって説明されたというか、苦しさの根っこが解明された爽快感がありました。自分の中にフェミニズムの軸が一本通ることで、全部がクリアーに見えてきたんです。そこからずっと、基本姿勢は変わりません。かつての自分のような子にも伝わるように、フェミニズムを物語の中に織り込んで書くことで、読んだ人が少しでも楽になってくれたらと思います。

山内マリコさん=武藤奈緒美撮影

この一作で社会は変わらない。けれど

――柚木麻子さんとともに「原作者として、映画業界の性暴力・性加害の撲滅を求めます。」というステートメントの発起人をされ、日本文藝家協会でもハラスメント対応委員会に参加するなど、さまざまな活動もされていますね。

 ステートメントを出す際に、賛同してくれた作家さんから「出版界にもハラスメントはあるのに、よその業界に声を上げるだけでいいの?」と意見をもらいました。そこで、「(これは)出版界でのセクシュアルハラスメントを根絶するために、これまで我々が立ち上がってこなかったことへの自戒と反省でもあり、今後は変えていきたいという意志表明でもあります」という文言を加えました。

 作家がそれを書いておいて、何も行動に移さないのはダメですよね。自分の言葉に責任を持つ仕事なので。以来、折に触れて出版界でのハラスメント防止を呼びかける動きをしています。みやちゃんのアニマルウェルフェアではないですが、文学の世界も停滞していることはけっこうあるので。

――小説が社会に対してできることはあると思いますか。

 一作で社会を変えることはできないけれど、社会をすくい取った物語が束になって、変化を後ろから押しているような、そんな力はあるんじゃないかと思います。だから、後からふり返ってみると、時代の変化を写した証拠みたいになっている。自分が書くものが、変化を先導するものになっていたら嬉しいですね。