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暁斎、謙虚さ忘れぬ「画鬼」 鈴木結生

<イラスト・齋藤菜穂>

 自分自身がかなり不器用な人間だから、何でも出来る人に憧れる。勿論、レオナルド・ダ・ヴィンチやゲーテのようなルネサンス的万能人もいいけれど、私が特に興味をそそられるのは、あるジャンルの表現技法を網羅するようなタイプの方――文学だったらジェイムズ・ジョイス、西洋絵画だったらサルバドール・ダリのような面々だ。どちらも、既存のあらゆる文体や画法を自在に操ることができ、それらを駆使して一つの巨大な作品を生み出した。今回紹介するのもそんなタイプの一人。その名も河鍋暁斎、またの名を「画鬼」という。

 実を言えば、私がこの人物について知ったのはごく最近のことだ。明治・大正を舞台とした小説を書いている中で、彼の『武四郎涅槃(ねはん)図』という絵を見て、「こんなすごい絵を描く人が日本にいたんだなあ」と目から鱗(うろこ)が落ちる心地であった。思わず、その絵を進行中の作品に取り入れさえしたのだが、作品が完成し発表された頃、暁斎の展覧会が開催されることを知った(小説なんか書いていると、何故かこういうことがよくある)。

 実際に、暁斎の直筆の絵を見て思ったのは、この人より絵が上手い人はいないな、ということ。もうこれに尽きると思う。個人的には、展覧会の最初に置かれた「書画会図」という絵が最大の収穫だった。「書画会」というのは当時の人気イベントで、料亭など広い場所を会場として、そこに集まった絵師や書家がその場で絵を描いてくれる、というもので、即興絵が得意だった暁斎はたびたび招かれたという。そんな会の全貌(ぜんぼう)を俯瞰(ふかん)で描いたのが、この作品だ。私が特に気に入ったのは、この作品の成立過程。暁斎は予め、会に参加する全五十四名の絵師・書家が筆をふるう姿を描いておき、その作品の部分については、実際に彼らが自分の作品をミニチュア化して書き足したという。一枚の画の中に他の無数の画が含まれているという意味では、バロック期の画廊(ギャラリー)画のことなんかも彷彿(ほうふつ)とさせるが、こちらのほうがよりポリフォニック(多声的)で、何より楽しそうだ。沢山(たくさん)の絵描きが暁斎のところに集まってきて、ちょろちょろと筆を遊ばせている様子が、絵から伝わってくる。窮屈さがなく、どこまでも広々としている。

 展示は更に、「けもの」「ひと」「おに」「かみ・ほとけ」といった主題別に進んでいく。どんな画題もそれぞれに適したスタイルで描き分けられており、とりわけ「けもの」の章では、生物の緻密(ちみつ)でありながら、あまりに生き生きとした表現に、この人に描けないものはないのか!と驚きを通り越して、呆(あき)れてしまうほどだった。しかし、わたしが最終的に一番心に残ったのは、「巻子の前にかしずく鬼」という小品。自ら「画鬼」を称した暁斎が、自らの絵に向き合う姿勢を描いたものとされる。

 暁斎の生涯はまさしく、身も心も画に捧げた鬼のそれであった(彼は妻の死顔すら幽霊を描く参考にした)。幕末の世に生を受け、初め浮世絵師の歌川国芳に入門、のち狩野派の伝統的な日本画の手法も習得し、明治を迎えてからも西洋画の技法を貪欲(どんよく)に取り入れ続けたが、そんな彼は生涯、師である国芳の絵を見るとき、一礼を忘れなかったという。これだけ何でも描ければ、不遜になってもおかしくないのに、彼は常に伝統の前にかしずき、その上で新しい技術にも目を向け続けた。作者として、まさしく見習うべき姿勢だ。

 私もこれからは一礼して古典を読みながら、同世代の新作もちゃんと読むこととしよう。そんなことを思った。=朝日新聞2026年7月12日掲載