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詩人・吉増剛造さん 英国の新設美術賞に選ばれて 「夢」可視化する、恐れと責任 

吉増剛造さん

 独自の言語世界を築き、60年以上にわたって日本の詩壇を率いてきた詩人・吉増剛造さん(87)が5月、イギリス「サーペンタイン×FLAG美術財団賞」の第1回受賞者に選ばれた。紙とペンの領域を超え、写真や映像を撮り、銅板にタガネで文字を打ち込み……。米寿を控えてなお芸術表現の疾駆を続ける吉増さんは、今回の受賞に何を思うか。そして、その先にあるものとは――。胸中を語った。

 新しいタイプの、聞いたことのない大きな賞が突然現れて、青天の霹靂(へきれき)でした。海外の名だたるキュレーターたちが集まり、どちらかといえば少数言語である日本語による、現代詩の表現に美を認めてくださった。そのことへの驚きは、いまだに消えません。そして60年、70年と現代詩を細々続けてきた、読者も決して多くはない、この閉じこもり型の精神によく光を当ててくれたな、と。

 イエーツの言葉を借りれば、「夢に責任を持つ」のが詩人の仕事なのだと思います。自分の耳でかすかな声を聞いて、夢の中でそれを育てて、その夢を皆さんにかろうじてお伝えする。そういった責任です。

 僕はちょっとずるいところがあって、「ここから先に行くと危ないぞ」っていう境界線に近づくと、引き返してくるんですね。けれども今回こうした賞をいただいて、ロンドンとニューヨークで個展を開かなくちゃいけない。自分がひっそりとやってきた芸術の可能性の「次の段階に入ってみろ」という声が聞こえます。いまこうして話していて、自分がこんなにも怖がっているんだというのが分かりました。「受賞についてどう思うか」と聞かれれば、その答えは「恐れと責任」です。

詩人・吉増剛造さんの書斎の机=いずれも横関一浩撮影

 次の段階、というのはどうなっていくんでしょうか……。昨年末、「珠洲に美しい灰色の鉛筆が立っていた」という詩を発表しました。僕は能登半島地震が起きるより前に珠洲の小学校を訪問する機会があって、その珠洲のことを考えていたら、手が無意識のうちに灰色のクレヨンをにぎっていた。けれども、なぜ灰色だったのか。東日本大震災の後に何度も通っている東北のどこかで目にした光景だったのか、何かの本を読んでいて胸に残ったイメージだったのか。そういう「夢」を、詩で可視化するということですよね。

 また原稿に表現を重ねていって、目隠しをしながら灰色のクレヨンのようなもので何かを書いて、カウベルをたたいたり、クジラの歯に尋ねてみたり……。これらのプロセスを、詩を書きながら進めていくことになるでしょう。えらいものを引き受けたな、と。大変ですよ。「芸術家」といってみても、アトリエもない身ですからね。4300万円(20万ポンド)という賞金は、そうした苦労に対して与えられているところもあるのだと思い始めています。

 とにかく、境界の中から立ち上がる仕事をするしかない。フロイトが言う「無意識」とは、全く異なる無意識。ゴッホが根源に迫っていく渦巻きを描いたように、その100分の1、1千分の1にも満たない、偽の狂気しかない自分も、そういう未知の仕事に触れていかないといけない。もしかすると、これらの展示を経て「詩人・吉増剛造」は一変するかも知れない。しかも87歳にもなって。それだけ、この人に才能がなかったからだと思いますけどね。(構成・山本悠理)=朝日新聞2026年8月19日掲載

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 よします・ごうぞう 1939年、東京都生まれ。64年、第1詩集「出発」を発表。「黄金詩篇」(70年)で第1回高見順賞を受賞。2016年、東京国立近代美術館で詩人としては異例となる「声ノマ 全身詩人、吉増剛造展」が開催される。今年5月、革新を目指す国際的なアーティストに与えられる英「サーペンタイン×FLAG美術財団賞」の第1回受賞者に選出。