増村十七「進め!白鼻進」 漫画家の戦争協力、他人事ではない危うさ(第15回)
広島の呉市にある「大和ミュージアム(呉市海事歴史科学館)」に行ってきた。以前から行きたいと思いながらも、予定を立てたらコロナ禍で休館になったりと、なかなか機会をつくれずにいた。
夏休み期間、終戦の日も間近とあってか、ミュージアムショップに長い入店待ちの列ができる盛況ぶりだった。当時の日本が技術の粋を集めて建造した戦艦は、海から空へと戦いの場を移した時代の流れについていけず、米軍の戦闘機の猛攻になすすべなく沈んでいった。3332人の乗組員のうち、生存者は300人にも満たない。大和にはよく「悲劇の戦艦」という枕詞がつくが、悲劇と呼ぶべきは、海に散っていったひとりひとりの命だろう。
「船に乗りたくない」と妻にだけ打ち明けていた者。
生まれたばかりの赤ん坊をほんの一時間抱っこして、召集されていった者。
彼らは帰らず、彼らの言葉を伝える遺族も、もうこの世にいないかもしれない。照りつける日差しとむくむくそびえる入道雲の下、呉の海は青く光っていた。
増村十七の「進め!白鼻進」(小学館)は、そんな戦争の時代に発展を遂げた「漫画」という表現そのものを描いた、痛切にして痛烈な作品だった。
昭和8年、漫画は黎明期にあった。売れない漫画家の青年・甘神白鼻進(あまがみ・はくびしん)は、田河水泡の「のらくろ」に出会い、衝撃を受ける。現代のわたしたちが読んでいる、いわゆる「ストーリー漫画」の原型ともいえるスタイルがそこにあった。驚いたのは、村上春樹の新作が発売された時などに見かける、書店での「タワー積み」も「のらくろ」の頃には行われていたということ。
「誰でも読める誰も取りこぼさない! それが漫画の≪意味≫であり≪強さ≫だった!」
漫画の真理を悟った白鼻進が取った手段は、すばり「パクリ」。「のらくろ」が犬ならこっちは猫だ、と「ぶちねこ四等水兵」なる作品を思いつく。何だろう、「犬夜叉」に対抗して「猫阿修羅」みたいな?
いやあかんやろ、というプロジェクトは、出版社社長の亀吉の協力も得てどんどん進行していく。派手に広告を打ち、銀座の百貨店で原画展を開き……と現代のインフルエンサーさながらのプロモーションとブランディングによって「ぶちねこ」は見事にバズり、時には炎上すらも糧に、大ヒットする。
一躍人気作家になった白鼻進は、そのうち戦争さえ「ぶちねこ」というコンテンツのための「機運(チャンス)」と冷徹に考えるようになった。ぶちねこは兵隊だから、戦争が続き、「現実という物語」が人々の心を掴んでもらわなければ困るのだ。出版物への検閲も潜り抜け、空襲で家が燃えても描き続ける。物語は巧みな緩急によってすいすい読者を運んでいく。コミカルなやり取りで笑っていると、不意に暗がりに突き落とされるような場面が現れ、心が冷える。
戦争において、創作物はどんな役割を果たしたのか、果たしてしまったのか。白鼻進の存在はフィクションでも、彼の中にある危うさは決して他人事じゃない。一読者として、そして表現に携わる者として、この漫画に出会えてよかったと思う。「ペンは剣より強し」という格言には、恐ろしい意味合いも含まれている。
やがて終戦を迎え、自分なりに読者と向き合い続けた白鼻進に、ある読者からひとつのアンサーが示される。物語の最後に白鼻進は何を見て、どんな言葉を漏らしたのか。ぜひご自身の目で確かめてください。