ノーベル文学賞候補にもなった詩人、西脇順三郎(1894~1982)をめぐって、ともに詩人の野村喜和夫さんと八木幹夫さんが語り合う対談が、7月4日に横浜市の神奈川近代文学館で開かれた。
萩原朔太郎と西脇をさまざまな角度から比較した野村さんの著書「萩原VS西脇――二十世紀日本語詩の可能性」(思潮社)がきっかけでこの対談を思い立ったという八木さんは、「西脇の詩は難解でわけがわからないという人がいる。でも日本人は、西脇という宝をわからないまま失ってはいけない」と語った。「西脇がノーベル文学賞をとれなかったのは、日本人に西脇の言葉の魅力、豊かさが見えていなかったから。西脇の詩を英語に訳すような人がほとんどいなかった」
野村さんは「村上春樹はデビュー作の『風の歌を聴け』で、まず英語で書いてから日本語のテキストにするということをやったらしいですね。同じようなことを、西脇は100年近く前にやっている」と紹介した。「まず英語やフランス語で詩を書いて、それを自分で日本語に翻訳するんです。そうやってあの独特の詩的言語を作り出していった。翻訳というのは文学の二次的な作業のようなイメージがありますけど、実は非常に大切な文学の営為なんですね」
野村さんは「萩原VS西脇」で、西脇が萩原の先見性を「引き継ぎ、拡大し、場合によっては脱構築」して近代詩の頂点を築いたと述べている。
八木さんは「日本の詩はいままで、シリアスでないといけないみたいなところがあって。思い詰めたような詩が多くて、朔太郎はある意味でその典型だった。でも西脇の詩には、そういうことだけではない魅力がある」。野村さんは「西脇を読むのに教養や知識はいらないんです。必要なのは、ちょっと難しい言葉で言うと諧謔(かいぎゃく)、ユーモアの精神です」と応じた。
「日本語の体質から、西脇は逃れたくてしょうがなかった。その冒険、実験を次の若い人たちが受け継いでくれると、日本の詩はもっと深く広がっていくんじゃないか」と八木さん。「日本文学にこんなすばらしい詩人がいたということを、記憶にとどめておいてほしい」としめくくった。(編集委員・柏崎歓)=朝日新聞2026年8月19日掲載