ISBN: 9784120060373
発売⽇: 2026/07/08
サイズ: 2.5×19.1cm/432p
「スナックふたり」 [著]川上弘美
いつまでも読んでいたくなる、最高にチャーミングなスナック小説が誕生した。
司(つかさ)と逸子(いつこ)、年齢不詳の二人の女性が営む「スナックふたり」には、夜ごと常連客たちが集まってくる。客たちの年齢層は高く(六十歳未満の客は「青年部」扱い)、手作りのお通しが喜ばれている、古き良きタイプのスナックだ。くたびれた客、いっこう内容の深まらない会話、酒が進むごとだらしなく緩む輪郭。司も逸子も、「しけた店」だと自虐するけれど、その絶妙なしけ感こそが「スナックふたり」の魅力なのである。
そんな「スナックふたり」には、時折ひとならぬものも出入りする。が、地上を彷徨(さまよ)うあちらからのお客様であっても、ここでは決して追い払われたり特別扱いされたりしない。金を払ってくれる限り、どの客もちゃんと接客するのが二人のポリシーなのだ。
酔っ払いのしゃっくりのように、不思議なことが突然、たびたび起こっては、なんとなく収束している「スナックふたり」。ひととひとでないものが入り混じる劇的な状況が、まったく劇的でなく、まあ、そんなこともあるよね、と感じられるのは、体温になじむ柔らかな語り口に加え、スナック特有の「あいだ」の磁力が働いているからだろうか。家と仕事場のあいだ、今日と明日のあいだ、まじめさときなくささのあいだ。何かと何かの中間に今宵(こよい)もスナックは佇(たたず)み、そこに集うものたちを内からほぐしてまじわらせる。このスナック的「あいだ」の感覚は、ちょっとした社会のひび割れをくっつけ直す糊(のり)にもなりえそうだ。
司と逸子、二人の女の「あいだ」の取り方もさっぱりしていて小粋である。べたべた馴(な)れあったりはしないけれど、以心伝心で通じあい、互いに老けこまぬよう目を光らせつつも、老いへの悲壮感は皆無。力まず常にローテンションなその姿に、中高年の女性たちにはまだまだ既存の文学が捉えきれていない未知の領域があるのだと嬉(うれ)しくなる。客の特徴をキノコに例えてノートに記す司は言う。「扉を開いてスナックに入っちゃうと、そこには夏も冬も秋も春もない、『スナック』っていう季節があるだけなのよ」。「スナックふたり」では、生者も死者もそれ以外も、スナックという永遠の季節を生きる群生キノコのようなものなのだ。そのキノコたちの、なんと滋味深く愛(いと)おしいこと!
こんなスナックに今すぐ行きたくて、近隣のふらりと入れそうなスナックを検索してみた。いや、でも、もはや行くのじゃなくて……スナック、やってみたいかも。
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かわかみ・ひろみ 1958年生まれ。作家。96年『蛇を踏む』で芥川賞。2001年『センセイの鞄(かばん)』で谷崎潤一郎賞。ほかに『真鶴』『森へ行きましょう』『明日、晴れますように 続七夜物語』など。