ISBN: 9784267025174
発売⽇: 2026/09/04
サイズ: 19.5×2cm/232p
「Z線上のピエタ」 [著]宮内悠介
戦争は、劇的な物語には事欠かない。人の死がストーリーのなかで意味を与えられる一方で、物語になりきれない生と死の居場所は、いったいどこにあるのか。その問いに、本書はまっすぐ迫っていく。
70歳を過ぎた日本人女性が、ポーランドの空港に到着する。彼女の息子が、知らないうちにウクライナ戦争に義勇兵として参加し、戦死していたのだ。遺体は返ってきたが、詳しい情報はわからない。息子の死についてもっと知りたいと、彼女は戦時下のウクライナに入国する。
息子について、母親は何を知っているだろう。大学在学中の父親の急死、そして就職氷河期での苦労、自衛隊を経ての非正規勤務など、周囲の状況や時代に翻弄(ほんろう)された人生が、切れ切れに浮かび上がる。それが、どうしてウクライナに向かったのか。
キーウに到着しても、なかなか手がかりはつかめない。息子は東部の国境沿いの激戦地となったヴォウチャンスクの防衛中に亡くなった、ということだけだ。そんな折に、同じく義勇兵として東部の戦場で息子を亡くした、同年代のウクライナ系アメリカ人女性と偶然出会ったことで、物語は大きく動き始める。
義勇兵だった息子たち2人の死は、「英雄」として語られる。しかし、その下には、単純なラベリングでは回収できない、戦場の重苦しい現実が常に横たわっている。喪失を分かち合うはずの女性たち2人も、旅路の先で、その現実の前に立ちすくむ。
敵か味方か、友か裏切り者か。戦争はそうして人々を容赦なく分割するのだし、物語もまた、その分割をもとに強力に作用する。個人を翻弄し、押しつぶしもするその力に、いかにして抗(あらが)えるのか。この問いを前にした2人の女性が、やがてお互いにもう一度向き合うためにどう考え、どう行動するのか、それはささやかであっても最後まで見届けるべき姿である。
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みやうち・ゆうすけ 1979年生まれ。作家。連作短編集『盤上の夜』で日本SF大賞、『カブールの園』で三島由紀夫賞。