桜庭一樹が読む
七巻もあるんだよ、と言うとビックリされる。「だって大デュマの『巌窟王』でしょ? 子供のころ読んだけど。そんなに長いの!?」と。そう、じつは大長編だったんですよ~。
舞台は一九世紀前半のフランス。まず一巻で、船乗りのエドモン・ダンテス青年が、無実の罪を着せられて投獄されてしまう。牢の暗闇の中で、同じく囚(とらわ)れの身であるファリア司祭と出逢(であ)い、生涯の師とする。
十四年後。エドモンはようやく脱獄! 二巻以降は、謎の大金持ちモンテ・クリスト伯となって、三人の仇(かたき)たち、恩人、元恋人のもとにもどってくる。そして六巻からは怒濤(どとう)の復讐(ふくしゅう)劇だ! 仇たちが嘘(うそ)の上に築きあげてきた、煌(きら)びやかな人生の城を、順に打ち壊していく。そして真実を告げる亡霊として名乗りを上げるのだ。我が名は「エドモン・ダンテスだ!」と!
愛と友情、恋人、親子、師と弟子、裏切りと成長、復讐、歴史、そして未来……。「全体小説」を書くのは、世界の凡(すべ)てを一冊の本に内包せんとする、無謀で勇敢な試みだ。その中でもこの作品は最高峰だと思う! 無数の伏線が張り巡らされ、パズルのピースが収まるべきところに収まっていくのを読むと、小説という魔法が世界を整理し、あるべき形に作り替えたときの、強い快感がある。
伯爵は復讐をする……。でもそのことではなく、仇の子供たちと友情を持ち、若者をよき未来に送りだすことによってこそ、魂が救われるのだ。そして七巻で牢を再訪し、死んだ師からの無言のメッセージを受け取る……。ここまできて、わたしは、あぁ読んでよかった、大長編の醍醐味(だいごみ)とはこの感動の大スケールなんだよー、と思った。
モンテ・クリスト伯のあの有名な決め台詞(ぜりふ)「待て、しかして希望せよ!」も、辛(つら)すぎる事柄にこれだけの時を費やした人から言われると、素直に染み渡る。そうして胸をいっぱいにして本を閉じるのだ。(小説家)=朝日新聞2017年10月22日掲載