この夏、故郷の長野県佐久市に4億円を寄付し、奨学金を創設したことも話題を呼んだ武論尊。『ドーベルマン刑事』(画・平松伸二)や『北斗の拳』(画・原哲夫)で知られる大物原作者だが、史村翔名義では何といっても『サンクチュアリ』(画・池上遼一)だろう。みずからも「俺の代表作」と太鼓判を押す傑作で、平成初頭の「ビッグコミックスペリオール」の看板作品と呼んでいい。少年時代にポル・ポトが支配したカンボジアで地獄を見た北条彰と浅見千秋は、やがてヤクザと政治家になり、「表」と「裏」から日本を変えようとする。男の野望と熱に満ちた強烈な物語だった。
以後、武論尊名義で池上遼一とコンビを組み、『strain』『HEAT-灼熱-』『六文銭ロック』など、20年にわたって「スペリオール」で活躍。コンビでの連載が途切れず続いたことからも、『サンクチュアリ』にいかに人気があったかがうかがえる。そして昨年、久しぶりに原点の史村翔に戻って始めたのが『BEGIN』だ。
主人公は「憂国の極道」新海十造と「暴走の官僚」神津快。北条たちと違って彼らは最初から連携しているわけではなく、それぞれ独自に行動するのだが、「表社会と裏社会に生きる二人の異端児」という構図は『サンクチュアリ』そのままだ。日本有数の巨大暴力団・神戸山王会が再び登場するのもうれしい。
舞台は沖縄。組長を殺して服役していた新海は、尖閣諸島で中国兵を狙撃し、中国マフィアに支配されていた沖縄の極道たちに再起をうながす。一方、神津は沖縄県警に出向中の公安の官僚。非合法の特命班「BEGIN」を率いて、日本再生のため「沖縄を再び戦場に」しようとたくらむ。『サンクチュアリ』の北条と浅見がポル・ポト時代のカンボジアを体験したのに対し、新海と神津はともに1989年に北京の天安門広場で、中国政府の民衆に対する弾圧を目の当たりにした過去を持っていた。サスペンスとバイオレンスに満ちたストーリーはたちまち引き込まれるし、「“華(はな)”がねぇんだよ!!」など、男臭い決めゼリフの数々にもシビれる。魅力的なキャラクターも多く、中国の工作員・朱と神戸山王・牛久の意外な関係はベタながら胸を打つエピソードだった!
新海と神津、それぞれが目指しているものは何か? 米国、中国という大国にはさまれた日本は今後どこへ向かうべきなのか? 現実の政治と外交についても改めて考えさせられる。=朝日新聞2017年10月18日掲載