きっかけはベネチアの路地裏で見つけた古本屋。多様な本が整然と並ぶたたずまいに「何か話がありそう」と勘が働いた。何度か通ううち、店主はイタリア北部トスカーナ州の山奥の小さな村で古本の行商をしていた先祖のことを語り出した。「山奥で古本の行商?」。この謎めいた店のルーツにひかれ取材が始まった。
村の名前はモンテレッジォ。仕事の拠点ミラノから険しい山道を車で上って3時間はかかる。村民32人。うち4人は90歳代の限界集落だ。
1800年代の初め、貧しさからこの村の男たちは行商に出る。最初は特産の砥石(といし)やご祈禱(きとう)のお札を売っていたが、いつしか在庫の本を業者から譲りうけ、知識や情報をほしがっている人に売り歩くようになる。当時、本は貴重だった。行商の帰りにお客が読みたがっている本の情報を出版業者に伝えるようにもなり頼りにされた。
「まるで本の精霊に呼ばれたようでした。取材していくと次から次へと向こうから話がやって来た。今、拾い集めておかないと消えてしまう、と伝令になった気持ちで書きました」
取材と同時並行で記事がウェブ上に掲載され、筆致は軽快で臨場感にあふれている。耳よりな話を聞けば、途中でそっちに出かけて行き、読者は一緒に取材の旅をしている気分になる。また、イタリアの光や空気まで感じられる掲載写真のほとんどを自身で撮影した。
イタリアに関わる仕事を始めて40年。大学でイタリア文化を学んだが生かせる就職先がなく「ないなら自分で作ろう」と1人イタリアに渡った。以来イタリア発のニュースや話題を日本メディアに提供してきた。迷っているより、まず行動。この姿勢は今も変わらない。
さて村ではやがて本の行商が誇り高い家業となり、村人は1953年、本への感謝をこめ、最も売れ行きの良い本を選ぶ「露店商賞」を発表した。これは今も毎年盛大に続くイベントで、まさに日本の本屋大賞だ。「本が売れなくなっている今、読者に本を届けてくれる書店員さんを励ます思いもこめました」と言う。(文・久田貴志子、写真・飯塚悟)=朝日新聞2018年06月23日掲載
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