日本人は日本人論を好むとよく言われる。明治維新以来、脱亜入欧をかけ声に、追いつき追い越せでやってきたものの、しょせん欧米人にはなれない。では自分はいったい何者か、他者からどう見られているかが気になってしかたない。そこで、昔から多様な日本人論が生み出されてきた。
それは「エコノミック・アニマル」のように否定的なものでも全然かまわない。とりあえず自分たちが何者かはわかった気になって安心できるし、そんな自分を「反省」すれば道徳的な高みにさえ立てるからだ。
本書はそのような日本人論のひとつとして受け止められ、ゆえに多くの読者を獲得したと私はみた。そこで描かれる旧日本軍のやり方は、自らの無策を補うため兵士の生命を徹底的に軽視して死に追いやるなど、近年社会問題化しているブラック企業のそれと酷似している。このブラックさは日本人ならではの伝統、体質に由来すると思った人も多いのではないか。
日本人が本当にそういう体質の持ち主であるかはひとまずおくが、本書が凡百の日本人論とは明らかに質が違うことは強調しておきたい。けっして情緒に流れず、日本軍の酷(ひど)さを数字と具体例にもとづき淡々と述べているからだ。
たとえばインパール作戦の兵士が行軍で担いだ荷物は40~50キロだったという。当時の20歳男子の平均体重に近い。
歯科医の話も印象的だ。1945(昭和20)年の陸軍総兵力は550万人に達していたのに、敗戦時の陸軍歯科医将校は約300人に過ぎなかった。虫歯に苦しんだことのある人なら慄然(りつぜん)とする数字だろう。
著者はあとがきで「軍事史という特殊な分野についての文章がはたして次の世代に届くだろうか、という強い危惧」を示している。そこには近年の世論に目立つ、戦争の美化も含まれている。本書の売れ行きがそれらを払拭(ふっしょく)しているとすれば、たいへん喜ばしい。
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中公新書・886円=10刷12万部。17年12月刊行。軍事史研究の第一人者が兵士の目線で大戦の実態に迫った。被服や糧食、メンタルを含む健康の問題にも目配りして「死の現場」を描く。=朝日新聞2018年6月23日掲載
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