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五感動員し味わう小説の醍醐味

エドガー・ソーテル物語 著者:デイヴィッド・ロブレスキー 出版社:NHK出版 ジャンル:小説・文学

価格:4104円
ISBN: 9784140056042
発売⽇:
サイズ: 20cm/734p

生まれつき声を持たず、手話だけで話す少年エドガー・ソーテルは、ウィスコンシン州北部の人里離れた農場で両親といっしょに暮らしていた。数世代にわたってソーテル家は、ある犬種の…

評者:斎藤環 / 朝⽇新聞掲載:2011年11月06日

エドガー・ソーテル物語 [著]デイヴィッド・ロブレスキー

 アメリカ中西部を舞台とした少年と犬の物語……と思いきや、物語はいきなり釜山(プサン)の不気味な漢方薬局の場面から幕を開ける。謎めいた漢方医の予言的な言葉にひきこまれた瞬間、あなたはすでに物語の魔法にかかっている。持ち重りのする七〇〇ページ余りの本とともに暮らす、幸福な日々がはじまるだろう。
 エドガー・ソーテルは口がきけない少年だ。手話は巧みで辞書なみに語彙(ごい)は豊富だ。ソーテル犬の育成を生業とする父ガー、母トゥルーディ、エドガーとともに育った雌犬アーモンディンら犬たちの幸福な生活に、叔父クロードという不穏な闖入者(ちんにゅうしゃ)が入りこむ。そして物語は動き出す。
 デビュー作とは信じがたいほど手堅い細部と悠然たる筆致。作家自身が認めるとおり、物語のベースはシェークスピアの戯曲「ハムレット」だ。二つの悲劇にはいくつもの共通点がある。クロードとクローディアス、トゥルーディとガートルード、母を奪う叔父、父の亡霊、毒殺と復讐(ふくしゅう)のモチーフ、などなど。
 圧倒的なアメリカの大自然が、家出した少年の孤独と葛藤を研ぎ澄ます。運命の選択を巡るハムレットの苦悩は、「自分の未来を知りたければ、代わりに人生を差し出すしかない」というエドガーの思いとして変奏されるだろう。
 よく訓練され、人間に忠実な犬たちの無言の思いが、この壮大な悲劇に彩りを添える。物語のライトモチーフに、あの“忠犬”が登場するという、日本人には嬉(うれ)しい驚きもある。
 エドガーの手話による犬たちとの“会話”こそは、本書における最大の「発明」だろう。言葉を介した会話よりも、はるかに直接的なコミュニケーション。もちろん犬は擬人化されない。それはエドガーの沈黙を介して犬にまで共感が及ぶという、人称を越えた体験なのだ。五感を総動員して文字を味わうという、小説の醍醐味(だいごみ)がここにある。
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 金原瑞人訳、NHK出版・3990円/David Wroblewski 作家。米国コロラド州在住。