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原田ひ香さん「#台所のあるところ」インタビュー ハッシュタグのつながりの奥に広がる、ままならない人生

原田ひ香さん=篠塚ようこ撮影

つぶやきの奥にある人生は他人にはわからない

――今回の作品は、タイトルと同じ「#台所のあるところ」というテレビドラマを視聴している6人の女性が、SNSにハッシュタグ付きでつぶやき合うところを軸にそれぞれの人生を描いています。この着想はどこから生まれたのでしょうか。 

『三千円の使い方』がドラマ化されたとき、ハッシュタグをつけていろんな方が感想をつぶやいていたんです。私も見ていたけれど、原作者なのでその中に加わるのは躊躇していて、最後に「ありがとうございました」くらいしかつぶやけなくて。その後、文庫の解説を書かせてもらった『団地のふたり』(双葉文庫)がドラマ化されたときは、私もリアルタイムで見ながらSNSで視聴者のみなさんとやりとりしました。それがすごく楽しかったんですね。

 今は配信ドラマも多いですけど、みんなで「この話はこういう裏があるんですよ」とか考察をつぶやき合っていると、自分ひとりで観るより深く楽しめる。見ず知らずの人たちが、リアルタイムでドラマを観てつぶやき合えるのはテレビだけなので、その感じを小説にしたかったんです。

 ――これまでも食をテーマにした作品はありましたが、今回、台所をテーマにしようと思ったのは?

 もともと編集者さんから台所の話を書いてほしいというお話があったんです。台所と言えば、大平一枝さんの「東京の台所」シリーズがありますよね。大平さんとはご縁があって、イベントにお声がけいただいたときにも、いろいろ話をうかがいました。大平さんの本はルポルタージュなので、私が小説で台所を描くとしたらどんな話にしようかなと。ちょうどその頃、ドラマのことをハッシュタグ付きでつぶやいているSNSを見て、「#と台所を掛け合わせて書いてみよう」と思いつきました。

――登場人物は、子どもが自立して夫とは別居中の55歳の飯盛敦子、コスパと投資しか考えていない男と同棲している27歳の村松陽愛乃、4人の子を持つ48歳のシングルマザー高木花絵など、こんなはずじゃなかったと思うような現実に直面している女性ばかりですね。

 たとえSNSでつながっていても、つぶやきの奥にあるその人の人生は他人にはわかりませんよね。そこがこの小説で最初に書きたかったことなので、年齢も、住んでいる場所も、家族構成や仕事も、まったく違う6人にしました。

 あとは台所の描写で書きたいディティールがいくつかあって、そこに合わせてキャラクターを作った人もいます。たとえば、離島に嫁いだ寿子の話。ノンフィクションやテレビで島の人は天候が悪いときの蓄えのために、大きな冷凍庫を何台も置いていると知っていたので、いつか書きたいと思っていました。

台所は、自分でも気づかないことを表しやすい場所

――原田さんご自身も、台所への思い入れは強いほうですか。

 私自身は、夫の仕事の関係で転勤が多い生活でしたから、基本的には社宅や借り上げのマンションに住んできて、自分で住まいを選べることはほとんどありませんでした。それが2、3年前、中古の家を買うことになりまして、備え付けの棚が何もない部屋で、最初はそれまで使っていた棚を適当に置いていたんです。でも、やっぱりキッチンはちゃんと作らなきゃなと思って、敦子のように、キッチンメーカーのショールームに行って一から全部自分で選びました。

——「台所をどう使って、どういう料理を作るかで、その人の人生が今どういう波にあるか見えてくる」という一節が印象的でした。

 台所って、自分でも気がつかない何かをすごく表しやすい場所だと思うんです。その台所をどう使って、どういう料理を作るかで、その人の人生が今どういう波にあるのかが見えてくる。敦子も、一生懸命子育てしている時はどんな台所でも奮闘していたけど、子育てが終わってみると「あれ、これが本当に私の欲しい台所だったっけ?」となる。そういう変化を書きたかったんですね。

――最近は、料理好きの男性も増えているようですが、私の周りではあまり見かけません(笑)。台所仕事は母親の役割、と思われている家庭ってまだまだ多い気がするのですが。

 私も、「いつまで料理やらなきゃいけないのよ」って時々キレることありますよ(笑)。そういえば先日、たまたまネットを見ていたら、曜日ごとにメニューを決めてる女性の話がバズっていたんです。月曜日はハンバーグ、火曜日は焼き魚、何曜日はカレー……というように。最初は家族に「またかよ」って言われたけど、慣れてきたらみんな楽しみに帰ってくるようになったそうです。しかも余計なものも買わずに済むから、お金も貯まるようになったって。それってすごくいいなと思いました。私も今は夫と2人だけなので、ご飯と味噌汁と何か一品にして、おかずは魚か肉料理、お味噌汁は具だくさんにするって決めてます。

 以前、日本経済新聞に寄稿する機会があって、「自炊はすでに副業」って書いたら想像以上に反響があったんです。自炊すると外食するよりお金が貯まるし体にもいいので、副業と同じだと。日経新聞は男性読者が多いので、長年、妻に料理してもらっている人は、そのおかげでどれだけお金が儲かったか感謝して、自分も副業のつもりで時々料理したほうがいいって書いたら、想像以上に多くの男性に響いたみたいですね。

――いいお話ですね! 小説の女性たちもみんな自炊派です。手作り味噌や揚げ物、犬のご飯にいたるまで、料理の描写も細かくて目に浮かぶようで、陽愛乃の祖母が作るおはぎの「半殺し」のつぶつぶ感など、読み終えた後も頭に残っています。

 私は、そういう細かいところこそ好きだし、気になっちゃうんですよね。純文学を書いていた頃、物語の本筋とは全然関係なくても、ご飯を食べるシーンでこんな料理が出てきた、こんなグラスが出てきたと細かく書いたら、「なんでそんなことまで書くのか」「意味がない」って言われたことがありました。確かにそうだなとは思ったんですけど、それを読んでくださった編集者さんが、「食べ物の話、書きませんか」って依頼してくださったんです。小説を読み終わった後、どのシーンが記憶に残るかは人それぞれですが、結構、細かいところを見てくださる方はいらっしゃいますね。

お金は使うべきところに使ったほうがいい

――自炊する陽愛乃をコスパが悪いとバカにして、1個200円の完全栄養食を食べている中原蓮という男性も出てきます。節約のためにエアコンも使わず、投資に熱中しているような彼の価値観についてはどう思いますか。

『三千円の使いかた』(中公文庫)が売れた影響で、私が「節約の人」だと思い込んでいる人が多いんですよ。テレビのバラエティ番組からも「ケチな人として出演してほしい」というお話がいくつかあって、全部お断りしましたけど(笑)。節約も行き過ぎると修行みたいになってしまいますよね。節約系やミニマリスト系の人が、何もない部屋に座っているYouTubeとか見ると、それはちょっと違うよな……と。

 中原のように、まだ若いのに将来のことを考えて投資に熱中したり、コスパ重視でケチケチしている人もどうかなって思います。ネットでたまたま読んだ話ですけど、妻と子どもがいる男性が、何億か資産を築いてFIREしたあと一生懸命子育てしてきた。ところが、大学生になった子どもが、まったく働く気もないし、「大学に行く必要ってあるの?」と言い出した。理由を聞いたら、「うちには財産も家もあるし、自分は仕事していないお父さんの血を受け継いでいるから」と言われて、何も言えなかったそうなんですね。お金を軸に生きてしまうと、思いもよらないマイナス面にぶつかることもある。だから、若いうちからFIREなんて考えるより、使うべきところにお金は使ったほうがいいと、私は思いますね。

――地方に移住した多美は、思い切って自分が望む人生を選択しました。

 彼女は、東京の会社でバリバリ働いていたけれど、高い家賃を払って、きれいな服を買い、友だち付き合いをしているとお金が残らなかった。そんな生活は違うって気づいて、地方で朝だけ働けば生活できる新聞配達をしながら、犬たちと暮らすことを選んだわけです。

 この物語では、多美が影響を受けた掲示板のスレッドを書きましたが、実際、Xでたまたま見かけた人に、新聞配達をやりながら猫3匹と古い家で暮らしている方がいたんです。朝だけ働いて15万円ぐらい稼いで、あとはずっと猫と遊んでいて夜も早く寝るから、15、6万でもお金が残ると書いていて、すごいなと思いました。

 ある意味スケールダウンではあるけれど、そういう生き方もあるということを、私の小説ではいつも意識して書いています。必要最小限のものだけで暮らして満足する多美のような生き方も、面白いと思うんですよね。

———現代では逆に、SNSに振り回されてしまう人もいますね。

 SNSって、見るつもりもない情報がどんどん目に飛び込んでくるじゃないですか。FIREもキラキラした生活も、自分は興味なくても無意識のうちに目に入ってしまって、考えなくてもいいことを考えてしまう。

 私自身、最近は「欲しいものが本当にないな」と思っていたんですけど、久しぶりにデパートの最上階で待ち合わせする機会があって1階を歩いたら、アクセサリーやストールが並んでいるのを見て欲しくなってしまって(笑)。見えると欲しくなるんですよね。だから、必要のない情報が視界に入らない環境を作ることも大事だと思います。SNSを見ても、つぶやきの奥にある本当の人生は外からは見えませんから。

――小説に登場する6人の女性の人生も、彼女たちが共感するテレビドラマのストーリーも、変えられない現実の中で次に何を選ぶか?というのが共通するテーマに思えます。

 そうですね。変えられるんだったら、もちろん変えたほうがいいんでしょうけど、実際は、そう簡単に今の生活を変えられない人の方が多いですよね。夫と別居中の敦子も本当に離婚するのか?って言われたら、きっと不満をねじ伏せながら現実的な選択をしていくと思います。それでも、自分にとって本当に大切なことは何なのか、ということは忘れないでほしい。そう思ってこの本を書きました。