毎年八月十五日に開催される全国戦没者追悼式。式場における首相の「式辞」や天皇の「おことば」には、「先の大戦」という言葉が使われる。その言葉で多くの人が想起するのはやはりアジア・太平洋戦争(いわゆる太平洋戦争)のことだろう。
しかし終戦記念日の設定を決めた一九六三年五月の閣議決定では、追悼の対象を日中戦争以降のすべての戦没者(民間人を含む)としている。つまり日中戦争の戦没者はいつの間にかアジア・太平洋戦争の戦没者の陰に隠れてしまったということになる。さらに、満州事変でも約一万七千人の戦死者が出ているが、「先の大戦」で満州事変の戦死者に思いをはせる人は少ない。そもそも満州事変の戦死者はなぜ追悼の対象とならないのかもよくわからない。
本書が大きなインパクトを与えた第一の理由は、曖昧(あいまい)な歴史認識が支配的な中で、満州事変、日中戦争、そしてアジア・太平洋戦争という三つの戦争が一続きの戦争であることを具体的に明らかにしたからだろう。特に日本海軍が軍事費の獲得による軍備の充実という組織的利害から、日中戦争の拡大や南進に積極的に関与していたこと、アジア・太平洋戦争期の中国戦線の状況を詳細に明らかにしていることの二点が重要だろう。
分析の方法として注目したいのは一国史的な戦争分析の克服に成功していることである。著者はもともと中国近現代史の研究者だが日本史側に「越境」し、中国だけでなく日本側の文献や史料も実に幅広く渉猟している。その意味では、日中戦争の全体像に迫った文字通りの「全史」だと言えよう。
もう一つは日本軍が中国で何をしたのかという基本的事実を系統的に明らかにしていることだ。歴史認識の対立を言う前に、基礎的事実を知るところから始めるべきだという強いメッセージがそこには込められている。日本人の歴史認識を再検証する上で本書がさらに多くの読者を得ることを期待したい。
◇
高文研・各2484円=上・下巻とも5刷で計1万1400部。17年7月刊行。主な購読者層は60代から80代だが、担当編集者は「学生を含め、若い人たちもぜひ読んでみてほしい」。=朝日新聞2018年7月28日掲載
編集部一押し!
-
著者に会いたい 『蔣介石 「中華の復興」を実現した男』家近亮子さんインタビュー 「敵か友か」問われ続けて 朝日新聞文化部
-
-
朝宮運河のホラーワールド渉猟 織守きょうやさん「あーあ。織守きょうや自業自得短編集」インタビュー 他人事ではない怖さに包まれる 朝宮運河
-
-
杉江松恋「日出る処のニューヒット」 宮島未奈「成瀬は都を駆け抜ける」 最強の短篇作家の技巧を味わう(第33回) 杉江松恋
-
インタビュー 彬子さまエッセイ集「飼い犬に腹を噛まれる」インタビュー 導かれるまま、ふわりふわり「文章自体が寄り道」 吉川明子
-
インタビュー 刺繍作家junoさん「ぱくぱく ぱんだちゃん」インタビュー 布の上に命を宿すような感覚で 加治佐志津
-
オーサー・ビジット 教室編 情報の海に潜む罠 感じて、立ち止まって、問いかけて 国際ジャーナリスト堤未果さん@徳島県立城東高校 中津海麻子
-
トピック 【プレゼント】第68回群像新人文学賞受賞! 綾木朱美さんのデビュー作「アザミ」好書好日メルマガ読者10名様に PR by 講談社
-
トピック 【プレゼント】大迫力のアクション×国際謀略エンターテインメント! 砂川文次さん「ブレイクダウン」好書好日メルマガ読者10名様に PR by 講談社
-
トピック 【プレゼント】柴崎友香さん話題作「帰れない探偵」好書好日メルマガ読者10名様に PR by 講談社
-
インタビュー 今村翔吾さん×山崎怜奈さんのラジオ番組「言って聞かせて」 「DX格差」の松田雄馬さんと、AIと小説の未来を深掘り PR by 三省堂
-
イベント 戦後80年『スガモプリズン――占領下の「異空間」』 刊行記念トークイベント「誰が、どうやって、戦争の責任をとったのか?――スガモの跡地で考える」8/25開催 PR by 岩波書店
-
インタビュー 「無気力探偵」楠谷佑さん×若林踏さんミステリ小説対談 こだわりは「犯人を絞り込むロジック」 PR by マイナビ出版