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広島カープの「物語」 一人で、みんなで、祭りを祝う

本拠マツダスタジアムでの優勝セレモニー。選手たちが場内を一周してファンの声援に応えた=9月15日、上田潤撮影

 カープ25年ぶりの優勝の特徴は、多様なファンとの間に幾つもの“強い物語”がありうることだ。新球場の盛り上がりを経てこの十数年に熱狂した世代には「成長の物語」として、丸佳浩・野村祐輔らの育つ様を見た“達成の恍惚(こうこつ)”がある。昭和の黄金期を知る者には「回復の物語」。聖杯を奪還し約束の地に戻る王道の冒険譚(たん)だ。黒田博樹・新井貴浩の劇的な帰還も重なる。かつて26年目の初優勝を目撃した世代には「歴史の反復」に思えよう。創成期の困窮と「一億円と二千万超えたら諦める」と歌われたFA流出や、樽(たる)募金が救った1952年の合併危機と04年の一リーグ構想。幾多の困難を「耐えて勝つ」物語だ。
 人は「物語」に弱い。「泣ける」と自称する作り話にも泣く以上、自ら目撃した物語に心を打たれぬはずがない。「カープ女子」「カープ芸人」等の話題作りやメディアやネットの喧騒(けんそう)も、各自の物語のよき調味料となり、四半世紀の雌伏を経て各々(おのおの)の祭りを祝う作り手やファンの情熱に燃料を投じてゆく。

名選手に迫る

 そんな祭りをどう「ひもとく」か。熱狂の入り口で戸惑ったり出遅れた気がする者には、花開く直前の姿を捉えた『ベースボールサミット』がお薦め。選手やスタッフの談話や黒田・新井の来歴、球場運営の秘密に広島の散策案内等、ディープだが間口が広い。劇的な近年の歴史を振り返るなら、『赤ファンのつぶやき』だ。記憶に新しくも懐かしい優勝前夜の4年をファン歴の長い夫と若妻を通して描く。作者が不定期刊誌でコツコツ書き貯(た)めた経緯もどこか球団の歩みに似る。黄金時代を知る者には二宮清純『広島カープ 最強のベストナイン』(光文社新書・799円)。山本浩二や衣笠祥雄から現代の黒田や菊池涼介まで、名選手の魅力が熱く綴(つづ)られる。「雌伏の時期」から唯一選出された広島ファンの“神”前田智徳にも注目。

復興とともに

 初優勝まで歴史を手繰れば、弱小球団を追い続けた記者・津田一男の著書『球心』(中国新聞中国会・非売品)や、『プロジェクトX 挑戦者たち 史上最大の集金作戦』(NHKエンタープライズ・2052円)、『鯉(こい)のはなシアター』(ポニーキャニオン・3024円)等のDVDも外せない。村上龍の名作『走れ!タカハシ』(講談社文庫・535円)はじめ田中慎弥『神様のいない日本シリーズ』(文春文庫・514円)、小川洋子『博士の愛した数式』(新潮文庫・562円)等ではカープが重要な役を果たす。
 店頭で平積みは『赤ヘル1975』。初優勝の年を舞台に、家庭の事情で越してきた東京少年が「よそモン」から「連れ」になるまでの物語だ。古葉竹識率いるV1戦士の活躍を背景に、人々が原爆の記憶とどう向き合うか、復興の時代をどう生き抜いたかまで視野に収める長編は、カープを応援する人々個別の生と、共有可能な記憶や感情、その両方を描く。「一人ひとりが力を出し合うて応援せにゃいけんのじゃ」――そんな作中の言葉にも象徴される、個別性と集団性の混在こそ、球団と広島の街の最大の特徴かつ魅力だ。
 菊池の美しすぎる守備に見惚(みほ)れて著書『二塁手革命』(光文社新書・799円)を読むも、敏腕スカウトの『惚れる力』(坂上俊次著、サンフィールド・1500円)を確かめるもよし。地理や歴史に遡(さかのぼ)って『広島学』(岩中祥史著、新潮文庫・品切れ)に向かうも、スポーツ批評でも知られる三島賞作家・蓮實重彦の文芸評論『「赤」の誘惑』(新潮社・2592円)を、「赤」の一文字に勘違いして読むもよし。何であれ貴方(あなた)が「赤」と「広島」に惚れる契機になればよいと、40年、筆名の由来でもあるそれらに焦がれ続ける私は思う。=朝日新聞2016年9月25日掲載