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変わり者の大型犬と過ごす少女と少年の成長物語 馳星周さん「雨降る森の犬」

文・写真:中津海麻子(犬の写真は馳星周さん撮影)

 父を病で失い、新しいボーイフレンドにうつつを抜かす母親を嫌う中学生の広末雨音。母が恋人を追い海外へ行ってしまったのを機に、立科で暮らす山岳写真家の伯父・乾道夫の元へ身を寄せる。そこにいたのは1頭の大型犬。ワルテルと名付けられたバーニーズ・マウンテン・ドッグは、男尊女卑で人に触られるのが嫌いな「変わり者」で……。

 『雨降る森の犬』に登場する雨音とワルテルにはモデルが実在する。馳さんの姪と、5年前に亡くなった2代目の愛犬で、犬種も名前も同じワルテルだ。
 「ワルテルは人間があまり好きじゃなかったけれど、姪っことは仲が良く、遊びにくると常にベッタリ。ワルテルにとって幼い姪はかわいい子分みたいな存在で、『おう、散歩行くぞ!』なんて威張っていましたね」
 馳さんは懐かしそうに目を細める。

 ワルテルは晩年ガンを患った。中学生になった姪はワルテルが長くないと知り、初めて一人で馳さんが暮らす軽井沢へやってきた。それを待っていたかのようにワルテルは翌日、静かに旅立ったという。
 「彼らの間には特別な絆があった。それを描きたいと思ったのです」

 小説の中のワルテルは、最初はまったく雨音の言うことを聞かず、散歩に行けば勝手に走り出し、叱るとうなる。「感じ悪い」と反発する雨音。だが、愛想はないものの一日おきに寝室にやってきては一緒に寝るように。やがて「こいつを守れるのは自分だけ」とばかりに、どんな時も雨音に寄り添い、支える存在となる。

 もう一人、やはり家族の問題を抱える若者が。隣の別荘に年に数回やってくる高校生、国枝正樹だ。「東京にだって滅多にいないイケメン」で地元の女子たちの憧れの的だが、まるで愛想がない。「感じ悪い」と避ける雨音だったが、ワルテルを通じて二人の距離は近づき、親との関係に苦しむ者同士、兄と妹のように絆を深めていく。

 そんな雨音と正樹を、道夫は森へ、そして山へと連れ出す。若者を導く存在である道夫に「モデルはいない。が、犬との接し方については僕がモデル」と馳さん。道夫はワルテルに対しあふれんばかりの愛情を注ぎつつ、「絶対的なボス」として毅然とした態度で接する。「群れで生きる犬は、強いボスがいることが幸せ。小説は少女と少年の成長の物語ですが、飼い主のあり方を伝えたいという思いもありました」

 馳さんが初めて犬を飼ったのは、ライターとして書評を寄稿していたころ。本編に入る前の「枕」として「大型犬を飼ってみたい」と書いたところ、バーニーズ・マウンテン・ドッグのブリーダーから「見にきませんか」と連絡がきた。
 「見るだけのつもりだったのに、目の前にコロコロと動くぬいぐるみが(笑)。生後2カ月のそいつはズルいぐらいかわいくて、そのまま連れて帰ってきた。それが初代のマージです」

 軽井沢で暮らすようになったきっかけも犬だった。晩年、病を患い足腰が弱っていたマージが、軽井沢に連れていくとうれしそうに走った。「余命3カ月と言われたのに、半年も頑張ってくれた」。その後、本格的に移住し、現在も7歳と3歳のバーニーズ・マウンテン・ドッグとともに暮らしている。

 日本を代表するノワールの書き手らしく、東京に住んでいたころは夜の街で午前さまで飲み歩いていたが、そんな生活も激変。今は夜10時には寝て早朝5時から犬たちの散歩をしているという。さらに、愛犬の姿を残したいと写真を始め、いい写真を撮るために山に登るように。「自分の肉体が変わっていくことを実感し、下界では決して見られない大自然の光景を目の当たりにすることができた」

 馳さんの人生を豊かにした、犬、山、写真が今回の作品では重要なモチーフとなって、雨音と正樹は葛藤を乗り越え、自ら生きる道を見出して行く。
 道夫が雨音に贈る言葉が心に響く。馳さんが歴代の愛犬たちから学んだことだという。
 「動物が幸せなのは、今を生きているからだ。不幸な人間が多いのは、過去と未来に囚われて生きているからだ。(中略)ワルテルみたいに今を生きるんだ。一瞬一瞬を。一生懸命生きるんだ」

>馳さん撮影の愛犬たちアザーカットはこちらから

>馳さんへのインタビュー舞台裏は朝日新聞社のペット情報サイト「Sippo」で公開中