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将来の不確定性に注目 ケインズ「雇用、利子、お金の一般理論」

John Maynard Keynes(1883~1946)。経済学者。

大澤真幸が読む

 『一般理論』と略称される本書は、経済学の歴史の中で最も重要な一冊だ。出版された一九三〇年代、イギリスには大量の失業者がいた。非自発的失業はどうして発生するのか。それまでの経済学によれば、失業はありえないはずだった。
 本書でケインズが導き出した答えは、有効需要の不足による、というものだ。ではどうしたら有効需要を拡大できるのか。有効需要は消費需要と投資需要の合計だ。投資を大きくすれば所得が大きくなり、消費も増大する。投資の規模が鍵である。
 では投資の大きさはどのように決まるのか。ケインズの説明では、企業家は、予想利潤率が利子率よりも高くなる範囲で投資する。ということは利子率が低い方が投資が増えるということである。ならば、利子率はどう決まるのか。これをケインズは「流動性選好」から説明する。債権を買う(投資する)のと貨幣(おかね)で保有するのとどちらを好むのか、ということだ。
 ケインズの理論の独創は、将来の不確定性に人はどう対応するのかに注目した点にある。将来のことはわからない。どんなにがんばったところでその不確定性を完全に消し去ることはできない。だから不安だ。にもかかわらず、人は予期し決断しなくてはならない。
 投資は、不安に抗して、あえて世界を信頼し、将来の不確定性に立ち向かうことである。逆に貨幣への愛着は、不安からの逃避だ。貨幣の価値は債権と違って安定しており、貨幣さえあればいつでも必要なものを買うことができる。貨幣を保有している限り、人は将来の不確定性を直視せずに済むのだ。
 ケインズの考えでは、資本主義は、不確定性に挑戦する積極的な投資がなされているときに安定する。『一般理論』から導かれる政策、政府の公共投資によって有効需要を創出する等の政策は、投資を決断する勇気を与える効果をもつ。最後に国家が救済者として買ってくれることをあてにできれば、思い切った投資もできる。(社会学者)=朝日新聞2018年8月18日掲載