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姫野カオルコ「彼女は頭が悪いから」書評 無自覚な犯罪に憤り、真実映す

評者: 諸田玲子 / 朝⽇新聞掲載:2018年08月25日
彼女は頭が悪いから 著者:姫野カオルコ 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163908724
発売⽇: 2018/07/20
サイズ: 20cm/473p

彼女は頭が悪いから [著]姫野カオルコ

 社会制度の改革で差別がなくなった? イジメが減った? NO! 最近の話題をみても、むしろ平等を装ったその底にどよーんと沈殿してるんじゃないか。
 本書は、5人の東大生が他校の女子大生にワイセツな行為をして訴えられたという、現実の事件を題材にした小説である。
 ふつふつと怒りがわいてきた。相手を傷つけている自覚もなく反省もないまま〈爽やかでありつづける〉東大生たちにも、そんな若者を育てたことになんら後ろめたさを覚えない両親たちにも、強い者輝ける者に迎合して弱者を切り捨て平然としていられる世の中にも、そしてなにより、わかったような気になってなにひとつわかっていなかった自分自身に対しても……。 私は小学校低学年の頃、イジメられたり仲間はずれにされたりして苦しんだ。大人になったら先生になってそんな子供を救いたいと思っていた。それがトラウマになって、他人の顔色ばかりみるイイ子になってしまった自分の狡さも知っている。それでなくても惚れた弱みについてはつくづく身にしみているから、本書の主人公美咲の気持ちが痛いほどわかるはずなのに。現実の事件をニュースで知ったときは、正直、なぜ男の部屋へ行ったの、なぜ深酒したの、なぜ訴えたのと被害者への非難がちらりと頭をよぎったものだ。
 真実を知るのは難しい。数行でダイジェストされた記事なんかでは決してわからない。著者もそこに憤りを覚えたのではないか。小説だからこそ書けた、実に細やかな心理描写――登場人物全員についての――と徹底して調べられた若者たちの生態に引き込まれた。事実を超えた真実をみせてもらった。人の心に厳然としてある優越感と劣等感のせめぎあいは、古今東西、未来永劫、消えることなどないのかもしれない。
 だからだろう。ラストの美咲と教授との会話に涙がこぼれた。著者の筆致は鋭く、まなざしは温かい。
    ◇
 ひめの・かおるこ 1958年生まれ。作家。『昭和の犬』で直木賞。著書に『ハルカ・エイティ』『謎の毒親』など。