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四十にして惑わず。富士山に大きな決意

文・写真:藤巻亮太(写真は今年7月1日~2日に撮影)

 今回紹介する本は、下村湖人の『論語物語』だ。二千五百年も前の思想が今尚新鮮な気づきを与える。孔子という人物が見通した人間というものの深さは計り知れない。論語を元に下村湖人が独自の物語に書き起こしたのが論語物語だ。

 子曰く、四十而不惑
 四十にして惑わず…有名な言葉だ。

 今年富士山に登った。日常とは全く別の景色の中に身をおき山を歩く、登山はY軸の旅だ。例年より早い梅雨明けの青天を背に、山は裾野から天辺まで雄大な姿を現していた。古事記によると木花咲耶姫は美の女神、そして富士山の御神体である。幼い頃から眺めていたその姿は、その日も美しかった。

 高度を上げるごとにより遠くまで見える、日本で一番高い場所からの眺めは新鮮だ。途中、滅多に見られない影富士まで現れてくれた。そしてご来光には特別な想いで手を合わせた。

 僕は今年、Mt.FUJIMAKIという野外音楽フェスを主催する。場所は富士山麓、山中湖畔だ。動機は四十代を手前に自身のルーツである山梨に深くコミットしたい。そう思ったからだ。

 両親は桃と葡萄の農家で、弟が家業を継いだ事も大きかった。実家に帰るたびに家族や仲間と農業や地域の経済、文化の話題で盛り上がった。そしてある日、知人が語った言葉が僕の心に残った。

 「ローカルの問題はグローバルの問題とフラクタル構造だ」

 ポロックの絵のように全体を見ても、一部を見ても同じようなフォルムで絵の具が飛び散っており、ズームインしてもアウトしても同じ絵に見える、そんな構造なのだと

 確かに一つのコミュニティーが抱える問題なり問題意識なりは、より大きなコミュニティーが抱えている問題にも通ずるかも知れない。なぜなら、コミュニティーをつくっているのは人間そのものだからだ。古今東西、人は「人間」とは何かを問い続けてきた。その一つ一つの答えが哲学であり、答えの集積を歴史と呼ぶのかもしれない。或いは答えに至らなかった問いと、その残骸か……。

 四十にして惑わず。
 Mt.FUJIMAKIを成功させ、多くの人に素晴らしい音楽を届け、山梨の魅力を伝えたい。

 惑わないとは決断する事、行動する事なのであろう。今はそう思う。そして決断とは失う覚悟であり、行動とは天に身を委ねる、ある種の潔さなのかもしれない。