福永信が薦める文庫この新刊!
- 『現場者(げんばもん) 300の顔をもつ男』 大杉漣著 伊藤愛子構成 文春文庫 778円
- 『ジョバンニの父への旅 諸国を遍歴する二人の騎士の物語』 別役実著 ハヤカワ演劇文庫 1512円
- 『やぶれかぶれ青春記・大阪万博奮闘記』 小松左京著 新潮文庫 680円
(1)今年2月21日に急逝した名脇役の自伝。口述だが、タレント本にありがちな安易さが全くない。構成もしっかり、読みやすく、膨大なエピソードは短いながらも密度が濃い。つまり著者みたいな本なのだ。北野武監督作品の常連、ドラマやバラエティーでも活躍し、ピンク映画から超大作、高校生の自主制作まで参加する「プロの俳優」の日常はすさまじい。そして、面白そうだ。なぜそんなにたくさん仕事するのかと問われて「そこに現場があるから」と答える。現場では常に何かが起こる。いや、彼が起こしてきたのだ。駆け出しの頃も、有名になってからも、作品を見るたびに母が言ったセリフ「おまえがいちばん輝いとった」は、読者が持つ感想と重なる。
(2)『銀河鉄道の夜』や『ドン・キホーテ』といった名作を舞台で演じるより、それらを元ネタにしている本書こそ、どんどん演じてもらいたい。面白いからだ。収録作の主題はどちらも「死」。なのに読者は笑いを我慢できない。事実が堂々とあやふやになっていく。決闘をするとどちらも勝ってしまう。矛盾する事態が、平気で進行する。消えたはずなのに何となく帰ってくる。強引というか脱力感がダラダラ続く。わからないことだらけ。でも難しい言葉は一つもない。2本とも中期の代表作だが品切れ状態が続いていた。綿密な取材による待望の評伝が刊行された、そのタイミングで見事に「帰ってきた」作品だ。
(3)多感な青春時代の自伝的小説、学生漫画家だった頃のことや年譜など充実した本書だが、圧巻は70年大阪万博の実現へと巻き込まれていく奮闘記だ。単なる儲(もう)け話で万博をやるのではない。景気付けでもない。人類の未来、知の行方はどうなるのか。国が形ばかりを優先させようとする中、著者は議論することを大事にし続ける。真摯(しんし)な姿に読者は打たれる。当時まだ30代、SF界の若き巨匠だった。ベストセラー『日本沈没』を書く前だ。来月、2度目の大阪万博が実現するかどうかが決まる。小松左京の「精神」を継ぐ者が、今の日本にいるだろうか。(小説家)=朝日新聞2018年10月20日掲載