書店での熱烈な手書きポップが書籍販売に火をつけるというのは今日的現象だが、まさにそれを地で行ったのが小杉健治『父からの手紙』だ。内容説明に添え「泣けちゃいます!」「娘・息子必読!」と派手に煽(あお)った版元からのポップにより、2006年初版のこの文庫本が「いま」大ヒットを飛ばしている。幾度も映像化された日本推理作家協会賞受賞作『絆』、今年2月から3月に放映された滝沢秀明・遠藤憲一主演のドラマ「家族の旅路」(原作名『父と子の旅路』)など、小杉ブランドへの信頼も厚いはず。いずれも隠されていた肉親間の情愛が謎解きで露(あらわ)になるうち、感涙が極まってゆく重厚なミステリーだった。
『父からの手紙』では別々の男女の視点が交互に織られてゆく。(1)父親が離婚で去ったのちも、誕生日ごとにその父から励ましの手紙を受ける麻美子。けれども犠牲的精神で意に沿わぬ婚約をし、その婚約者を殺されてしまう。(2)異母兄に焼身自殺された圭一。彼はその自殺に疑いを抱く刑事を衝動的に殺す。九年の服役。出所後もいまだに続く兄嫁への思慕に悶々(もんもん)としている。
無関係と思われたこの麻美子・圭一が出会い、焼身自殺の真相をともに探るようになる。きっかけは圭一の兄嫁の浮気相手が、麻美子の父親ではないかという疑惑。次第に複雑な設定が整理され、玉ねぎの皮をむくように事件の核心へ筆が向かってゆく。そして遂(つい)に驚愕(きょうがく)の事実が突きつけられる。
ヒューマニスト小杉は謎解きにやはり肉親愛を上乗せさせる。ずっと送られてきた父からの手紙、その哀(かな)しい秘密を明るみに出すのだ。最終5頁(ページ)は、いわば「時間が束になって襲いかかる」波状攻撃。しかもそこで事件に関わった全員の真心がしぶきをあげる。長い、長い、長い物語を読み終えた果ての贈り物。宙を舞うやさしい言葉の数々に喉(のど)を震わせない読者などいないだろう。
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光文社文庫・700円=33刷41万1千部。06年刊行。応援する書店が相次ぎ、5年間で1千冊以上を売った店もあるという。=朝日新聞2018年10月20日掲載
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