「中学、高校時代にいじめを受け、その後も精神的不調に悩まされ、非正規として働き、三十二歳で自ら命を絶った歌人」。先にこの話を聞いていたので、歌集を開くのは気が重かった。辛(つら)さや悲しみにまみれた歌がうなだれて並んでいるのだろうと思ったのだ。落ち込む。
だが、この考えは見事に裏切られた。というか、自分の歌集かと思うほど共感してしまった。ぼくも同世代で非正規である。その上、ここにあるのは、ロックが好きで、自転車に乗って、牛丼を食べて、缶コーヒーを飲んで、空を眺めて、恋をして、仕事に苦しんで、それでもどうにかやっていこうという自分と変わらない生活をする人間の歌だ。
《非正規の友よ、負けるな ぼくはただ書類の整理ばかりしている》
「負けるな」という強い言葉を放つが、その「ぼく」もたいしたことはしてないというユーモア。
《頭を下げて頭を下げて牛丼を食べて頭を下げて暮れゆく》
仕事と牛丼、共通することは頭を下げることである。生きることとは頭を下げることなのかもしれない。
《夜明けとはぼくにとっては残酷だ 朝になったら下っ端だから》
夜明けを区切りとして、ただの人間から「下っ端」にされてしまう。社会に規定されるとき、生きづらさを感じない人などいないだろう。
萩原慎一郎は絶望の真(ま)っ只中(ただなか)にありながらも、自己憐憫(れんびん)や自虐に陥らず、憎しみや怒りに身を任せず、自身を鼓舞し、進んでいこうとする。その強い姿に勇気づけられる。
《東京の群れのなかにて叫びたい 確かにぼくがここにいること》
「叫びたい」とあるのは実際には叫べないということだ。声にできない叫びは歌になった。この叫びの歌を聴くとき、社会の群れの中で、自分がひとりではなかったと気づかされる。
佐佐木定綱(歌人)
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角川文化振興財団・1296円=6刷2万6千部。17年12月刊行。編集者は「著者と同世代の非正規雇用者やその親の世代に読まれている。やさしさに心打たれるという感想が多い」。=朝日新聞2018年11月3日掲載
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