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米国技術革新、裏側の犠牲と熱意 朝日新聞読書面書評から

評者: 長谷川眞理子 / 朝⽇新聞掲載:2018年11月10日
DARPA秘史 世界を変えた「戦争の発明家たち」の光と闇 アメリカ国防高等研究計画局 著者:シャロン・ワインバーガー 出版社:光文社 ジャンル:外交・国際関係

ISBN: 9784334962234
発売⽇: 2018/09/14
サイズ: 20cm/587p

DARPA秘史 世界を変えた「戦争の発明家たち」の光と闇 [著]シャロン・ワインバーガー

 DARPAとは、アメリカ国防総省のもとにある「防衛高等研究計画局」の略である。1957年の秋、ソビエトが初の人工衛星打ち上げに成功した。アメリカは宇宙開発で後れをとったことにショックを受け、翌年、アイゼンハワー大統領が「高等研究計画局(ARPA)」を設立した。これがのちのDARPAだ。
 この組織の任務は、国家安全保障にかかわる問題を議論し、軍にさまざまな機材や方策を提供することだ。一流の科学者や技術者が数多くこの組織に参加する。心理戦も対象にしたので、人類学者や心理学者も加わる。
 キューバ危機で軍は、大陸間弾道ミサイルを撃墜するには、いろいろな情報をたくさんのコンピューターで共有する必要があることに気づいた。そこでよばれた学者は、人とコンピューターの新しい関係をもとに社会を築くことを考えており、結局、このアイデアがインターネットの発明につながった。DARPAが手がけた研究で、のちに実を結んだものとしてもっとも有名なのは、インターネットだろう。
 しかし、DARPAの研究の当たり外れはとてつもない。ベトナム戦争時の悪名高い枯葉作戦。70年代に、潜水艦と交信するための手段として行った超能力の研究。レーガン大統領時代にはスター・ウォーズ計画。結局DARPAはこれからはおりたが、300億ドルもの資金を投下したあげく、宇宙で核兵器を無力化するシールドはできなかった。武装無人機、先進レーダーなど、ベトナム戦争中に開発しようとしたものは、のちにヨーロッパで対ソ連戦に応用する研究となり、最終的に、精密誘導兵器、無人機、ステルス戦闘機などになった。冷戦終結後も戦いは続く。自動翻訳も自動運転も、湾岸戦争、イラク戦争、アフガニスタン紛争などと関係している。
 アメリカはつねに戦争していて、具体的に解決するべき軍事的課題がある。すごいのは、その問題に対する取り組みが、自由奔放で奇想天外であるのを許していることだ。そして、DARPA職員の経歴の多彩なこと。民間企業、軍、大学、研究所などをどんどん渡り歩いている。これほどの職業の流動性があるからこそ、発想も豊富なのだろう。また、どんな苦境に陥っても、経費削減されても、つねに立ち上がろうとする粘り強さと負けじ魂。
 しかし、もともと戦争の犠牲を最小限にするための技術的支援だったはずが、科学を戦争に応用しようという欲望が、永遠に戦争をなくせなくしている。エピローグでの著者による総合DARPA評は、個々の技術開発を超えて、根源的な問いを発している。
    ◇
 Sharon Weinberger Yahoo Newsワシントン支局長。国防や諜報を専門とするジャーナリストとしてネットメディアなどに寄稿。国防総省のニセ科学プロジェクトに関する著書がある。