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人の数だけ働き方がある。「生きるように働く」には? 日本仕事百貨・ナカムラケンタさん

文:岩本恵美、写真:樋口涼

独立後、時間の濃さが変わった

――ナカムラさんは「日本仕事百貨」の運営を始める前はサラリーマンとして働かれていましたが、「日本仕事百貨」以前と以後で、ご自身の仕事観に変化はありましたか?

 劇的に変化しましたね。サラリーマンを3年7ヶ月やって、その後独立して「日本仕事百貨」を始めたんですが、独立前と後では時間の濃さが全然違います。たとえば、子どものころに色々感じるものがあっても、その時はわからなかったり気づかなかったりすることってありますよね。それを大人になって未来から見ると客観的に気づけるような感じと同じ。サラリーマンの時は、ここじゃない何かを求めているという感覚はあるんだけど言語化できないというもどかしさを抱えていました。それが日本仕事百貨を立ち上げてからは、それまで漠然とあった「働いているときも、そうでないときも、自分の時間を生きていたい」という考えが加速度的に深まっていきました。やっぱり取材をいっぱいしたからでしょうね。

――色々な人と出会って、色んな価値観にも触れられて。

 求人で色んな会社を訪ねるんですけど、求人する側は皆さんけっこう切実なんです。先方もいい人に来てもらいたいという思いが大きいので協力的で、深いところまで話を聞くことができる気がします。仕事の表面的な部分だけじゃなく背後にあるものまで見えてくる瞬間があって、まるで毎回の取材が一冊の本を読むような感覚なんです。そうやって人の働き方や生き方に深く接していると、「あ、なんかこの話前にも聞いたことがあるぞ」「でもちょっと違う部分もあるな」とか、生物学者がフィールドワークして新種を発見するような喜びがあります。それを繰り返していると自分の中にもフィードバックされていって、自分も仕事をしているわけだから、自分はあの人たちとこういうところは似ているけど、こういう部分は違うなという具合に、働き方に対する考えがどんどん深まっていきました。

自分の“種”はどこにある?

――本に登場する、ナカムラさんが出会った人たちは、自分のやりたいことや好きなことといった“種”に水をやり続けて、芽を出し、枝葉を広げていった人たちです。「好きなものをつくっている」と言い切れる木村硝子店の木村武史さん、「まずはやってみる」というスタンスの日光珈琲の風間教司さん、ものづくりから販売まで「はじめからさいごまで」を手がけるデザイン会社DRAFTの宮田識さん、などなど。大変な部分ももちろんあると思いますが、皆さんとても生き生きと働いているように感じました。そういう働き方にたどり着ける、自分にとっての“種”を見つけるにはどうしたらいいんでしょうか?

 種って、「あ、種だ」という状態にはならないと思うんですよ。水をやっていたら、芽がぴょんと出てきて「あ、ここに種があったんだ」っていう感じの方がほとんどだと思います。論理的に考えることじゃないと思うんですよね。衝動的なものなので、事が起きてからわかる。それも起こそうと思ってやるというよりも、興味関心を広げて色んな人に会ってみたり、思いつきでやってみたりする中で、出てくるものだと思います。

 日本仕事百貨も似たような部分があって、転職や就職をするつもりがない人も結構見てくれているんですよ。

――本にも書かれていましたが、求人サイトなんですけど、本当に雑誌を読んでいるような感覚なんですよね。「こんな仕事があるんだ」「こんな思いで仕事をしている人がいるんだ」って、読み物を読んでいる感じです。情報的な部分はコンパクトで、具体的な人のストーリーが面白くてチェックしてしまいます。

 そう言っていただけるとありがたいです。けっこう後からよく聞くのは、日本仕事百貨の求人記事を読み物として読んでいたら、ある時ビビッときて、転職していまこの会社にいるんです、という話。恋愛と一緒ですよね。好きになるっていうのも好きになろうとしてなるものじゃない。

――自分の種が何かわからないなりに、色んな人と会ってみたり、新しいことをやってみたりと水やりをするうちに何かしら芽が出ればいいなと思う一方で、ずっと芽が出なかったら……という不安もあります。

 でも、人生の中で仕事以外のことも含めて何かに夢中になった経験って、誰しもがあると思うんですよね。夢中で遊んでいたら真っ暗になっちゃった、みたいなこと。そういうことがあるんだったら、多分何か仕事でも起こりうるんじゃないかなって思います。

いいハプニングを起こす

――色んなことにチャレンジしてみることも必要ですが、立ち止まって考えてみることもやはり大事ですよね。ナカムラさんは日本仕事百貨のアイデアを行きつけのバーで思いついたそうですが……。

 そうですね。僕の場合、バーでぼんやり考える時間があります。バーは話もできるし、黙々と飲むこともできるし、社会勉強にもなるんです。バーは家と職場の往復だけじゃ出会えない人がいる。そういう、色んな人に会える場所って、僕は成人式か自動車教習所かバーだと思っているんですよ。

――成人式はその日限り、教習所も免許を取ったらおしまいですけど、バーだけいつでも行けますね。

 そうです。いつでもアクセスできる場所。バーはお店の立地上、何かしらのフィルターみたいなものはあるとは思いますけど、この人はどうやって生きているんだろうっていう人もいるし、色んな人間模様も見えて、人の奥行きもけっこう感じられる場所です。

 いまって、インターネットが普及していいハプニングが起こるようなものが増えている部分もありますけど、一方でどんどん村化している部分もあると思うんですよね。インターネット上でもリアルな友達とメッセージしあう、自分の興味関心を深掘りするようなことばかりが起きがちで、インターネットの世界って未知のものにアクセスできると思いきや、実はそんなことないのかもって思うんです。

 でも、バーに行くと全く違った価値観がそこにあったりする。自分がいる世界っていうのはとても狭いんだなっていうのを感じますね。

 いま自分がいる世界がなんか違うと思う人は、いいハプニングを起こすものが必要だと思います。それはバーであると思うし、本でもあると思う。自分の知らない世界を知ることができる場所。そういうところになんとかたどり着いてほしいですね。

ナカムラさんが代表取締役を務める株式会社シゴトヒトでは、色々な生き方や働き方に出会える場所「リトルトーキョー」(東京・清澄白河)も運営。ここにもやはりバーカウンターがある
ナカムラさんが代表取締役を務める株式会社シゴトヒトでは、色々な生き方や働き方に出会える場所「リトルトーキョー」(東京・清澄白河)も運営。ここにもやはりバーカウンターがある

生きるように働くはじめの一歩は「自分ごと」か「贈り物」

――本を読んでいて、大きな組織であればあるほど、「生きるように働く」ことは難しいのではないかと思いました。

 本にも書きましたが、「生きるように働く」ためのスタートは、「自分ごと」か「贈り物」なんですよね。「自分ごと」は大きな組織の中にいる中で始めるのはなかなか難しい。基本的に求められることに応えるのが組織の中での役割だと思うので、そういう中で自分がやりたいようにしていくには、まずは「贈り物」だと思うんです。

――「自分ごと」は自分がやりたいこと、「贈り物」は誰かに求められたことに求められる以上に応えること、ですね。

 求められたことをきちんとやりつつ、それ以上のことをする。だいたい、組織の中で出世していく人って、「贈り物」をしまくっている人だと思うんです。贈り物をし続けていると、「そこまで考えてくれるんだったら任せよう」とか「次のプロジェクトメンバーに抜擢しよう」ということが増えてくる。求められたことをきちんとやりながら、プラスアルファやらないといけないから、最初はハードルが高いかもしれない。でも、気づいたら裁量権が増えていって、自分のやりたいようにできる。いつの間にか「贈り物」から「自分ごと」にもなっているんですよね。

――「贈り物」をし続けていたら、自分にも返ってくる、と。

 そう思います。だから、言われたことしかやらないでブーブー文句言っていたら、いつまでたっても「生きるように働く」ことはできない。「自分で自由に仕事をしたい」って思うなら、まずは自分から「贈り物」をするのが近道だと思います。自分でできる範囲の中で「贈り物」をしてみると、やりたい仕事に近づける。

 組織にいるなら「贈り物」先行、独立して仕事をするなら「自分ごと」先行で動くのが働きやすいのかもしれません。