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異能のクレヨン画家・加藤休ミさんの絵本「きょうのごはん」 どこまで美味しく描けるか修行中!

文:根津香菜子、写真:有村蓮

近所の猫をモデルに「突撃!隣の晩ごはん」

――買い物客でにぎわう夕方の商店街。一匹のノラ猫が、サンマを買っているお母さんを見つけて家までついていくと・・・・・・子どもが大根をおろすお手伝い。こんがりと焼けたサンマの塩焼きを、家族みんなで美味しそうに頬張っている。ネコが近所を「ごはんパトロール」しながら、各家庭の食卓の風景を覗いていく絵本『きょうのごはん』(偕成社)には、どこか昭和ノスタルジーを感じさせる光景が広がっている。作者の加藤休ミさんの住まい兼アトリエを訪れると、駅から少し離れた住宅地にある古民家で、庭には梅やザクロの木が生えていて、作中に描かれている街並みの雰囲気と似ていた。

 今住んでいる家は静かで風通しもいいし、住み心地がよくて気に入っています。『きょうのごはん』は、編集の人からお話をいただいて、まずは自分が描きたい食べ物を描きました。うちの周りの塀をパトロールするネコが実際にいて、その姿をモデルに「突撃!隣の晩ごはん」みたいな話の流れにしました。小売店がたくさんあるような商店街は憧れでしたね。地元の北海道・釧路には、お肉や豆腐などの専門店が少なかったから、作品にはそんな憧れの街並みを描きました。

「きょうのごはん」(偕成社)より
「きょうのごはん」(偕成社)より

――サンマの塩焼きにコロッケ……見開きいっぱいに描かれているのは、どれも美味しそうな家庭のごはん。加藤さんはクレヨンとクレパスを用いた独特の画法と迫力あるタッチで、なんとも食欲をそそる絵を描いている。

 私は「クレヨンでどこまで美味しく描けるか」にチャレンジしているんです。『きょうのごはん』では、サンマの塩焼きは焦げてパリッとしていそうなところ、コロッケは外側の少しカリッとした感じですね。そこが自分でも一番美味しいと思ったところなので。サンマの焦げ目は、クレヨンを何度もたたいて色付けしていくうちに「いい感じ」の焦げた色になったんです。

 読み聞かせをしたお母さんが、子どもに「こんがりやけた、さんまが食べたい」っておねだりされたと聞いたときは「この美味しさが伝わったな」と嬉しかったですね。コロッケは、衣の立体感を出すためにカッターで削って工夫をし、お寿司の桶に入っている鮪は、実際食べた時の美味しさを脂が乗っている一カ所に表したくて、一番力を入れて描きました。

見る人に「面白い」と思うところを見つけてもらえればいい

――担当編集の人と一緒にコロッケを作ったり、弟の作る「家庭料理的なオムライス」を参考にしたり。作中に出てくるのは、どれも加藤さんが実際に作ったり食べたりしたものだそう。それらのごはんを、どんな家族が、どういう環境で食べるのかまで考えるのが楽しかったという。

 家族のバリエーションをつけたかったんです。おじいちゃんのお祝いで「ハレ」のごちそうを食べている家族もいれば、「大安売り さんま」と書かれたチラシを見て、魚屋さんに買いに行ったであろう日常の食卓もあります。そのごはんを食べている家族の構成や部屋の造り、その家庭にありそうなものも想像して描いています。

 例えば「オムライスを作るのはひげのおじさんだな」と思い、その人が住む部屋のインテリアは洋風で、キッチンには果物の盛り合わせなんかも置いてあるだろうなぁとか。カレーを食べている家は子供が多いから、栄養も考えてインゲンも入れて、お肉は安い鶏むね肉にしました。私、西村繁男さんの『おふろやさん』という絵本に描いてある銭湯の後ろのポスターとか、細かいネタを見つけるのが好きで、その影響は受けていると思います。

「きょうのごはん」(偕成社)より
「きょうのごはん」(偕成社)より

 『きょうのごはん』は、何かメッセージを伝えたいというよりも、1ページの中に面白いエピソードを見つけてもらえればいいなと思います。「コロッケを作っているページには、棚の上に使わなくなったかき氷機が描いてあるな」とか「最後のページで出てくる屋台のおじさんが1ページ目にもいるんだよ」とか。一冊の中で実はお話がつながっていたら、より面白いでしょう。

――「異能のクレヨン画家」ともいわれる加藤さんだが、釧路から上京した18歳の時は女優を目指していた。

 元々目立ちたがり屋だったんです。舞台に出たいと思って上京しましたが、「これは自分には向いてないな」とすぐに挫折していたところ、偶然、イラストレーターという職業を教えてもらい「そんな仕事があるならやってみたい」と始めたのがきかっけです。クレヨン画は独学ですし、画家を目指したのも、女優をやるよりも絵を描いた方が、憧れの人に会えて縁が深いと感じたから、という理由なんです。

 クレヨンを画材に選んだのは、どこでも売っていてすぐ手に入るし、持っていくのも便利だったから。私、何においても誰もやっていなさそうなところから入りたい性分なんですよ。クレヨンで絵を描いている人って少ないし、食べ物をリアルに描いている人もあまりいないから描いてみようかなと思ったのがきっかけです。

――これだけ食べ物を美味しそうに描く人だから、さぞかし食いしん坊なのかと思いきや、実は「お酒の方が好き」と話す。

 よく言われるんですが、実は私はそんなに食に執着があるわけではなく、「クレヨンでどこまで美味しく描けるか」にチャレンジしているんです。この本を制作していた頃は、どこまで美味しく描けるか自分でも分からなかったので、もう夢中で描いていました。今はだんだん描く要領もわかってきたので、お寿司ももう少し美味しく描けるようになりましたよ。

アトリエには、サクラクレパス誕生90年を記念した際に発売された90色セットが。「もったいなくて今はまだ鑑賞用ですね」
アトリエには、サクラクレパス誕生90年を記念した際に発売された90色セットが。「もったいなくて今はまだ鑑賞用ですね」

最終目標は「美味しそうなほかほかごはん」

――ヨーロッパに行った際『きょうのごはん』を現地の人に見せたら、カレーライスやコロッケは分かりにくかったようで「もっと世界にむけた食べ物を描かなければ」と思ったそう。今描いているのは、「巨大なホットドック」だ。

 今は食べ物の絵をどこまでも追求したくて、なんでも大きく描いています。絵が大きければ大きいほど笑いがこみあげてくるじゃないですか。私の絵は、見世物みたいに見る人に笑ってほしいんです。あとは、すごく早く美味しく描けるようなりたいですね。「うまい・安い・早い」みたいな(笑)。

 一番難しいのは白いご飯です。米って白いけど、炊くと少しあめ色になるんですよ。今はまだ湯気が出る感じに描けなくて、これは食材から選んだ方がいいなと思い、美味しそうなお米から用意しています。クレヨンで「湯気が出そうな炊き立ての美味しいご飯」を描くことは、今の私にとって「悟りへの道」なんです。