最近、面白い本を見つけた。浦一也さんの『旅はゲストルーム 測って描いたホテルの部屋たち』(光文社)だ。
建築家であり、インテリアデザイナーである浦さんが世界各地のホテルの部屋を詳細なスケッチで残している。チェックインしてから実測をして、家具や備品まで調べ上げて、50分の1の縮尺で記録してから、水彩絵の具で着色するという。それも1時間半から2時間かけて。
最初はスケール感を磨くための「習い」だったというが、もはや旅の「習慣」と化しているらしい。
見知らぬ町で安心できる時間と空間を買い取ること、それがホテルというものの一面であることはまちがいない。それは並々ならぬ配慮と、徹底した、しかし控えめなサービスと、心配りが行き届いた設計の賜物であり、それらが密実な姿となって顕れたものがホテルのゲストルームというものなら、その知恵と工夫を探してスケッチを続ける旅を私はこれからも止められそうにない。5-6ページ
浦さんほどではないが(本が最初に出版された2004年時点で、26年にわたって二十数カ国120ホテルほどの実測図を描いたらしい)、私もこれまでそれなりにこだわりを持って、ホテルやホステスに滞在してきた。数えたことはないが、40カ国以上旅してきたので、かなりの数だと思う。ちなみに車中泊はあっても、野宿をしたことはない。
宿泊先の選び方次第で、その街の旅の記憶というものは結構変わる。そう思っている。
駅から近くて選んだが、3段ベットの中段にあたってしまい、上下の巨漢の寝返りの度に揺れを味わう最悪だった夜もあれば(ロンドンのホステルだ)、ホステルのラウンジで出会ったイタリア人のおばさまと意気投合し、飲み明かした最高の夜もあった(これはポルトガルのポルト)。後悔はしたくないので、滞在日数を見つつ、価格、立地、清潔さ、安全面を総合的に判断し、以前に泊まった客たちのレビューもできるだけ読み込む。そういう意味ではスマホ1台で処理できることが多いので、便利な時代になったものだ。
印象的な宿は幾つもあるが、ここ数年の旅で個人的ベストだったのは、キューバの中央部にある、トリニダという街の宿だ。トリニダは、コロニアル時代の雰囲気が色濃く残っていて、世界遺産にも登録されている。ハバナと比べても小さな街で、半日もあれば観光できてしまう田舎町だ。
キューバはネットがほとんど繋がらない。なので、トリニダでの宿は、ハバナで滞在した民宿の主人に電話で予約を取ってもらった。出迎えてくれたトリニダの宿の女将は、ふくよかでニコニコしていて、いかにも人が良さそうな感じだったが、英語が話せず、容赦なくスペイン語で話しかけてくる。私がスペイン語を話せればコミュニケーションもとれただろうが、あいにく英語と日本語しか話せない。もう互いに身振り手振りで会話するしかないのだ。
「バスに、明後日、乗りたい。チケットは、どこで買える?」
「まっすぐ行って、左に曲がって、まっすぐ行くと、青い建物がある」
「お腹、空いた」
「おいしい、レストラン、ある。超おいしい。私についておいで」
そんな具合である。人間、言葉は通じなくともパッションさえあればある程度の意思疎通は取れるものだ。トイレの流れが悪く、シャワーをタンクに入れて流そうとしたらひどく怒られたことはあったけれど、まぁそんなことも含めて、とにかく女将の人柄と笑顔に癒された。宿自体は最低限のものしかないシンプルな部屋で、聞こえるのは鳥のさえずりぐらい。とても静かな場所で、屋上にあったブランコも好きだった。
さて、次はどんな場所に泊まろうか。浦さんの本を読みつつ、すでに次の旅先を探している自分がいる。