「私をスキーに連れてって」って、何だったっけ。映画よね。ユーミンよね。原田知世に三上博史よね。80年代だ。そうだそうだ、冬になったら両親に連れて行かれていた小学生時代だよ。めちゃくちゃ流行っていたよね、スキー。あの白い空間にたどり着けば、周りみんなが福々としているように見えた。ゆっくりしてた。幸せだった。あの気持ち、今なら何だろう。
本を書いている人、作っている人、売っている人、そんな本にまつわる人たちに、「私を本屋に連れてって」とお願いして、不定期連載はじめます。もしかしたら、あの時の気持ちが…蘇るかも。
和歌山市駅で待ち合わせ
南海特急サザンに揺られて大阪から約1時間。もうすぐ和歌山市駅に着くなぁという手前で、住宅地の風景からいきなりボハッと何かが広がった。
紀ノ川だった。赤い鉄橋とのコントラスト。突然の視界の広がりに見入ってしまう。
「ごめんなさい。5分くらい遅れます!」
スマホに届いた岸本さんからのメッセージ。待ち合わせの15分前に到着予定だったので都合20分間、お手洗いを済ませておいたり、待ち構えておいて写真も撮れる。「ごゆっくりどうぞ〜」と返事。
岸本千佳さん、こんにちは!
岸本さんは京都を拠点に、数々の手ごわい物件を生き返らせてきたフリーの不動産プランナー。2016年には、著書『もし京都が東京だったらマップ』(イースト・プレス)が1万部を突破し、話題に。そんな古都の土地事情を熟知する彼女は、結婚を機にパートナーの出身地であるここ和歌山との二拠点生活をはじめた。京都出身の私としても今の暮らしぶりを垣間見たく、普段歩く道を連れてってもらうことになった。
ここは市堀川。紀ノ川の水を引っ張り、かつての和歌山城の外堀として各所でほぼ直角のコーナーを刻んでいる。水辺の物件はやはり人気があるそうだ。リノベーションしたお店も多く見られる。
面白い形をしているね。
「ここはこども科学館で、好きな建物の一つです。外側のタイル貼りとか、ロゴとか、ずっと見ていられるんですよね。プラネタリウムもあるんですよ。」
と、嬉しそうな岸本さん。ポッテリしていて、何とも印象的。
そしてまた、レトロな建物が見えてきた。
和歌山県建築士会館というビル。ここにオープンしたばかりのチョコレート専門店があった。
「この辺りでは数少ない専門店で、試食もできて、連日沢山のお客さんで賑わってるんですよね。」
実は岸本さんの旦那さんが経営するお店でもあるとのこと。なんと多彩なご夫婦だろうか。一粒いただく。まろやか!あぁ、何だかお腹が空いてきたよ。
「じゃぁ、カツカレー行きましょう。」
ということで、予定外のランチタイムに突入。思わぬカツの量に驚くも、薄切りのためかサクサクと食べれてしまう軽やかさ。あっという間に完食。こちらのお店、金土日のみオープンという潔さにも痺れる。さて、そろそろ本屋さんに向かいましょうか。
やっぱり、建物が気になるよね。建築士会館に続いて、ミートビル、繊維ビルと、同じ高さのビル群が連なる。かっこいい。
「和歌山、やっと慣れてきましたよ。一言で言うと、のんびりした街ですよ。せかせかしていないんです。京都とのギャップに、なかなか身体のリズムが付いて行かなかったんですけどね。こんな風に味わい深いビルもまだまだたくさんあるし、何か仕事に繋がるといいなって思いながら暮らしています。」
本屋プラグへ
駅から普通に歩けば10分で着くところを、巡り巡って2時間。ようやく到着!
「本屋プラグ」はもともとシェアキッチンだったというスペースを、和歌山生まれ和歌山育ちの店主・三木さんと嶋田さん(途中、神戸も経由)が受け継ぎ、喫茶のできる本屋に改装。お店に入ると、お昼休憩に珈琲を飲んでくつろぐ会社員の方がおられた。「ここには良く来るよ。町の休憩所よ」と楽しそう。
店内を見渡すと、「ジャンプ」や「コロコロコミック」も発見。岸本さんは「月刊 家主と地主」(全国賃貸住宅新聞)を発見。店主の三木さんにラインナップの特徴を聞いてみた。
「うちはスーパーや近くの商店に配達もしているので、雑誌の数は多いほうかもしれませんね。この辺りは建築関係の方も多くて、こういった専門誌も取り扱っているんですよ。本の種類は新刊から古書、選りすぐりのリトルプレスまで多岐に渡っていますが、和歌山の郷土資料と台湾にまつわる本が得意ですね。」
確かに、頭上は特に和歌山の資料が並んでいるし、一角には台湾だけで埋め尽くされたコーナーもあるね。はてさて、これだけ詰まり詰まった本屋さんで、岸本さんはどんな風に過ごしているんだろうか。著書のこと、これからのことも聞いてみた。
「私は今、2019年の5月に出る新著『不動産プランナー流建築リノーベーション』(学芸出版社)の執筆を終えて、この前は表紙案のリサーチにも来させてもらいました。読みたい本はフラッと来て選ぶこともありますが、ピンポイントで取り寄せてもらう専門書も多いかな。
『もし京都が東京だったらマップ』は、初めは友人たちにちょっと楽しんでもらうつもりで、ブログにアップした趣味のマップだったんですが、思わぬ反響で、しっかり解説しようと作った本なんです。ブログからSNSに広がって、TVやラジオにも出演したりしてびっくりでしたね。京都の方々には怒られるかなぁなんて思っていましたけれど、意外に面白がってもらえたのが嬉しかったですね。(笑)
新著は、専門書ですよ。自分の計画では、その次はビジネス書を書いて、その次は小説を書きたいと思っているんです。都市の魅力を小説という手段で表現できないだろうか、と思ったのがきっかけです。近々、この近くに借りたビルをリノベーションした自宅も完成するんです。京都との二拠点生活で、京都をより客観的に見れるようになったのも良かったですね。」
しばらくカフェラテをすすり、店主の三木さんと三人でたわいも無い話をしていたら、いつの間にか2時間ほどが経っていた。
ピリっとした京都の街で生まれ育った岸本さんが、今、少しゆるっとした和歌山の街を軽やかに行き来している風景が少し見えてきたようだった。ほっとしながら、お別れした。
またいつの日か、私を本屋に連れてって。