正しいと思ったことを貫く強さに感動した
よく読むのは時代小説です。好きな作家は池波正太郎さん。戦国ものから維新ものまで多くの作品を読みましたが、一作を選ぶとすれば、『剣客商売』シリーズでしょうか。老剣客の小兵衛と、その息子でやはり剣の腕がたつ大治郎の活躍が痛快で、江戸庶民の営みや飲食の風景が情緒たっぷりに描かれているところも面白い。自分がキャリアを終えて自由な時間ができたら、本書の舞台となった東京の下町辺りを散策したいと思っています。
池井戸潤さんも好きな作家です。『空飛ぶタイヤ』は、乗り物の安全を扱ったストーリーということで関心を持って読みました。主人公は脱輪事故を起こしたトレーラーを所有する運送会社の社長で、倒産寸前に追い込まれながらもトレーラーの製造元である自動車メーカーの不正に立ち向かっていく。正しいと思ったことを貫く主人公の姿に感動し、正義が勝つ結末にスカッとしました。印象的だったのは、髪を染めてピアスをした若い従業員の整備ミスを主人公が疑うくだりです。その整備士の仕事は、実は極めて誠実で、それに気づいた主人公は、人を見た目で判断していたことを猛省する。もし自分が同じような状況に置かれたらどう対処するだろうと考えさせられました。「虚偽や改ざんは許されない」と指導している社員たちにも読ませたい作品です。
スターフライヤーの本社からほど近い福岡県宗像市に、赤間という地区があります。ある時、何の気なしにここを訪れ、出光興産の創業者である出光佐三氏の生家を見つけました。せっかくなので出光氏をモデルにした小説を読んでみようと、『海賊とよばれた男』を手に取りました。同じ著者の『永遠の0』がとても面白かったからです。出光氏は率先して消費者第一主義を実践し、その背中を見た社員たちも自発的に社の躍進を支えました。そうした組織の構図は、まさに私が目標とするところなので、刺激を受けました。
社員が薦めてくれた名経営者の金言書
私は全日本空輸で長年働いた後、スカイネットアジア航空(現・ソラシドエア)で副社長を務め、さらにANAエアロサプライシステムの社長、次いでアイベックスエアラインズ危機管理対応室室長を務めました。スターフライヤーの社長に就任したのは2014年6月。ミッションは、30億円の赤字を抱えた経営の再建でした。当社が新興エアラインとして誕生してから今日までの足跡を記した『スターフライヤー 漆黒の翼、感動を乗せて 小さなエアラインの挑戦』(ダイヤモンド社)にくわしく書かれていますが、私が経営の合理化とともに注力したのが、社員のモチベーションアップです。
というのも、課題がどこにあるのか社員から話を聞こうとしても、なかなか話してくれなかったのです。要は、積極性に欠けていたんですね。そこで各部署に私の机を置き、話を聞いて回りました。また、社員には自発的に行動してほしかったので、手始めに私の発案でお客様の靴磨きキャンペーンを実施しました。北九州空港から当社の早朝便に搭乗するお客様の靴磨きを無料で行い、ピカピカの靴で仕事に向かっていただこうという企画です。私一人でもやるつもりでしたが、賛同した社員たちが靴磨きのプロからノウハウを教えてもらうなどして企画の充実を図り、実現しました。もちろん私もエプロンをして磨かせていただきました。おとなしく見えた社員のポテンシャルは高く、今では私が尻をたたかなくても(笑)、自ら積極的に動くようになっています。
最後は、そうした社員の一人から薦めてもらった『年輪経営 一度きりの人生を幸せに生きるために』を紹介します。著者は伊那食品工業会長の塚越寛氏。寒天の加工に優れる同社は、食品に加えて化粧品などの市場も開拓し、半世紀近く増収増益を続けています。多くの企業が同社の経営に関心を寄せていますが、本書を読めば納得です。「成長と利益のためだけでなくみんなが幸せになるのが会社の目的」「損得ではなく善悪で判断する」「急成長より安定成長」といった経営は、簡単なようでいて簡単ではありません。だからこそ挑戦の価値があると思います。航空業界では、搭乗率100%を目指すことが利益につながりますが、そのためにオーバーブッキングが発生する可能性もあります。そうまでして満席便を増やすより、席が取れない状況をなくした方が、ブランドへの信頼と安定的な成長につながるのではないか。本書を読んでそんなことも感じました。
紹介した本の中には映像化されたものもあり、それも面白いのですが、自由に想像を広げることができる原作には、映像を超える特別な味わいがありました。
松石禎己さんの経営論
黒い機体がトレードマークのスターフライヤー。きめ細やかなサービスに定評があり、顧客満足度10年連続第1位(JCSI調査「国内航空部門」)を誇る。好調の理由や具体的な取り組みについて、松石社長に伺いました。
おもてなしにもオリジナリティーを
スターフライヤーが使用する航空機は、エアバスA320型機。機体を含め、黒を基調とするトータルデザインは、デザイナーの松井龍哉氏が担当。シートも黒の革張りで、他社の同機が最大180席のところを150席に設定し、運賃は割安ながら、ゆとりのある座席空間を実現している。タリーズコーヒーと共同開発したコーヒーやチョコレートの提供など、独自サービスにも定評がある。目下、顧客満足度10年連続第1位(JCSI調査「国内航空部門」)を更新中だ。
設立は2002年。06年に羽田-北九州線の運航を開始し、現在国内線は羽田-福岡線、羽田-関西線、中部-福岡線、羽田-山口宇部線、北九州-那覇線(期間限定運航)を展開する。厳しい時期もあり、13年度は30億円もの赤字を抱えた。その再建を託されたのが松石禎己社長だ。松石社長は全日空の整備部門出身で、以前にも新興エアラインの再建に貢献した経歴を持つ。その指揮の下、路線網の再編成や経営の合理化に取り組み、わずか1年で黒字化に成功した。
「黒字化も顧客満足度の高さも社員一人ひとりが誇りをもって日々の業務に取り組んだ結果だと思っています」
機内の空間設計やデザインなどの物理的な側面だけでなく、「おもてなし」にもオリジナリティーを徹底している。
「例えば、『空飛ぶメッセンジャープロジェクト』は、お見送りの方から、搭乗されるご家族やご友人に宛てたメッセージを機内でお届けする企画です。また、バックヤードの社員を募り、お客様と直接コミュニケーションできる機会も積極的に作っています。北九州空港の当社カウンター付近に茶屋を設けて抹茶を無料提供するキャンペーンを行った際は、私も手を挙げ、茶道の先生にお点前を習った上で、お客様に抹茶を点てさせていただきました」
4年半ぶりに国際線が就航
昨年10月28日からは、国際線2路線(北九州-台北線、中部-台北線)の運航が始まった。2020年東京オリンピック・パラリンピックに向けて訪日観光客の増加が見込まれる中、国際線の就航を今後の成長につなげていく考えだ。さらなる飛躍を目指す上での課題は、人材育成だという。
「当社は航空ビジネスのノウハウを持つメンバーが集結して立ち上げた会社ですが、初期メンバーの年齢は当然ながら上がっています。培ってきた企業文化や、お客様第一主義のマインドを下の世代に引き継ぐ役割を彼らに担ってもらうことで、若い人材を育てていきたいと思います」
松石社長は毎朝5時に空港に出勤し、チェックインカウンターの活気をしばし見守る。それから隣のフライトセンターに移り、オフィスの窓から初便が離陸するのを見送り、安全を祈る。「陰徳」をモットーとする人らしい一日の始まりだ。
「整備部門にいた昔も今も変わらず『現場』を重視しています。日々の気象、安全管理、お客様の様子、スタッフの士気など、すべては現場を見なければわかりません。役員室にこもっているのは私の性に合いません(笑)」
>松石社長の経営論 つづきはこちらから(2018年9月25日掲載の記事に飛びます)