山田航が薦める文庫この新刊!
- 『バスは北を進む』 せきしろ著 幻冬舎文庫 626円
- 『バブル 日本迷走の原点』 永野健二著 新潮文庫 637円
- 『日本の偽書』藤原明著 河出文庫 821円
(1)は道東で少年期を過ごした1970~80年代の記憶を、自由律俳句を添えて感傷的な筆致でつづったエッセイ集。抑制の利いた写実的な文体がノスタルジックな気分にさせてくれる。夏以外だいたい寒く、いつも曇天のあの空気。松山千春的な北海道ではなく、「外地」としての北海道の空気感を文章化してくれる作家は、長嶋有とこのせきしろがツートップ。国木田独歩『武蔵野』にも勝るとも劣らない、叙景エッセイの名作の誕生だ。
(2)は日経新聞元編集委員による、80年代後半のバブル景気を総括したルポ。村上春樹も俵万智も好景気の風を浴びて日本文学を脱皮させたわけで、文学史的にいえばバブルの恩恵は計り知れない。しかし現実のバブルは、成り上がり経営者、怪しい投資家、思想も信念もない政治家・官僚・財界人たちによる「阿波おどり」だった。信念を持ってバブルと対峙(たいじ)した貴重な一人として描かれる田淵節也(元野村証券社長)が印象的である。雰囲気だけでバブルを語らないための基礎知識としてうってつけだ。
(3)は歴史書を装って書かれた偽史の書物、いわゆる偽書を取り上げたノンフィクション。『上記(うえつふみ)』『竹内文献』『東日流外三郡誌(つがるそとさんぐんし)』などが紹介されている。ただの嘘(うそ)デタラメと切り捨てるのは簡単だが、壮大な嘘の構築には優れた想像力が必要ではある。それを偽書に傾けるしかなかった人々、偽書に魅せられてしまった人々、双方の姿を活写する。その結果として、近代日本の病理が浮き彫りになる。=朝日新聞2019年6月1日掲載