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「候補者ジェレミー・コービン」書評 若者が支持した「倫理的な力」

評者: 宇野重規 / 朝⽇新聞掲載:2019年06月08日
候補者ジェレミー・コービン 「反貧困」から首相への道 著者:アレックス・ナンズ 出版社:岩波書店 ジャンル:政治・行政

ISBN: 9784000229630
発売⽇: 2019/04/05
サイズ: 19cm/413,7p

候補者ジェレミー・コービン 「反貧困」から首相への道 [著]アレックス・ナンズ

 突如、思いがけぬ人物が時代の最前線に登場することがある。政治もそうだ。いや、組織に依存する従来型のプロが力を失い、流動化した状況に対応できる新たな人材が求められているのは、政治が一番かもしれない。
 ブレグジットの迷走によりメイ首相が辞任を表明、その後継者に注目が集まる英国で、やはり見逃せないのが労働党党首ジェレミー・コービンである。といってもコービンは70歳、けっして若いとは言えない。政治家としての経歴も古く、「新たな人材」とはほど遠いようにも思える。
 しかも、このコービンは、労働党内において、長く不遇な立場に置かれた政治家であった。英国議会では、その他大勢の代議士は後方に退き「バックベンチャー」と呼ばれるが、コービンはその一人であった。
 ところが、2015年、若手の有望株だったエド・ミリバンド率いる労働党が手痛い敗北を喫する。候補者の乱立した党首選を勝ち抜いたのは、予想外にもコービンであった。トニー・ブレア以来の「ニューレイバー」と呼ばれる改革派とは対極の、伝統的な政治家と思われたコービンが旋風を巻き起こし、勝利したのである。
 当選後のコービンは、党内外から妨害を受け、四面楚歌に陥る。にもかかわらず、17年の総選挙で労働党は大幅に議席を伸ばす。コービンを支持した中心は、不安定な雇用状況にある若者であった。反貧困を掲げ、反緊縮を訴えたコービンが、彼らの共感を呼んだのである。
 著者によれば、コービンに目立つのは「個人的な温かみや寛容さ」、そして「誠実さ、原則を守る姿勢、倫理的な力」であるという。
 本書は無名のコービンが労働党党首になり、総選挙で躍進するまでのルポルタージュである。今後、コービンが再度、人々を驚かすことがあるのだろうか。政治における「倫理的な力」の行方とともに注目である。
    ◇
 Alex Nunns ライター、編集者、活動家、ミュージシャン。2018年秋、コービン労働党党首のスピーチライターに就任。