この読後感をなんと表現したらよいのだろう。NEOな日本語表現に触れ、言語野が揺さぶられ、思考や感覚が次々と開かれていくこの感じ……。本書は自伝ともエッセイとも人生論とも読める作りになっているが、自分にとってはある種の“現代詩”に触れたような体験だった。
著者の名はSNSをやらない人にとっては馴染(なじ)みのないものかもしれない。ツイッター、インスタグラム、YouTube合わせて300万人以上のフォロワーを持つ23歳の著者は、プロフィール的にはモデルやクリエイターとなるのだろうが、その在り方はもはや「職業:kemio」としか言い表せない。
本書で描かれるのは、家族、友達、恋愛、コンプレックス、ファッションなど、言ってしまえば20代の若者らしい話題ばかりだ。しかし、それらを形容する言葉が本当に痺(しび)れる。例えば著者は2歳のときに両親を亡くしているが、「祖父母が子育てROUND2してくれたから気にしたことはない」と語り、天然パーマに悩んだ過去を「必死でコテ買ったりしてキューティクル焼き殺しながら前髪伸ばして自分を改造してた」と振り返る。嫌な悪口は「永遠にスワイプ」、YouTubeに上げる動画は「デジタル遺書」、好きという気持ちがわからない人には「その人と墓、入りたいですか?」と助言を送り、男尊女卑な人には「全員Wake Upだよ」と警鐘を鳴らす。
単に語彙(ごい)がユニークなだけではない。背景には「あなたはあなた、私は私」という個人主義、男女ではなく「ホモ・サピエンス」というジェンダーレスな価値観、「人ってあっという間に死ぬ」という諸行無常的な感性が息づく。しかも皮膚感覚を通して腑(ふ)に落ちた言葉しか使わないため表現が徹底して直感的で、まず読み手の身体に訴えかけてきて、そこから脳に刺激が逆流していく。超ヤバい。好きなことして生きよう。無駄な時間は1秒もない。我々の人生は棺桶(かんおけ)まで永遠のランウェイなのだ。
◇
KADOKAWA・1296円=4刷13万部。4月刊行。「人生の岐路に立つ人が手に取っているのではないか」と担当編集者。=朝日新聞2019年6月8日掲載
編集部一押し!
- 著者に会いたい 奈良敏行さん「町の本屋という物語 定有堂書店の43年」インタビュー 「聖地」の息吹はいまも 朝日新聞読書面
-
- インタビュー 鈴木純さんの写真絵本「シロツメクサはともだち」 あなたにはどう見える?身近な植物、五感を使って目を向けてみて 加治佐志津
-
- インタビュー 「尾上右近 華麗なる花道」インタビュー カレーと歌舞伎、懐が深いところが似ている 中村さやか
- 中江有里の「開け!本の扉。ときどき野球も」 生きるために、変化を恐れない。迷いが消えた福岡伸一「生物と無生物のあいだ」 中江有里の「開け!野球の扉」 #13 中江有里
- コラム 三浦しをんさんエッセー集「しんがりで寝ています」 可笑しくも愛しい「日常」伝える 好書好日編集部
- 小説家になりたい人が、なった人に聞いてみた。 【特別版】芥川賞・九段理江さん「芥川賞を獲るコツ、わかりました」 小説家になりたい人が、芥川賞作家になった人に聞いてみた。 清繭子
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(後編) 辞書は民主主義のよりどころ PR by 三省堂
- インタビュー 新井紀子さん×山本康一さん対談(前編) 「AI時代」の辞書の役割とは PR by 三省堂
- インタビュー 村山由佳さん「二人キリ」インタビュー 性愛の極北に至ったはみ出し者の純粋さに向き合う PR by 集英社
- 朝日ブックアカデミー 専門外の本を読もう 鈴木哲也・京大学術出版会編集長が語る「学術書の読み方」 PR by 京都大学学術出版会
- 朝日ブックアカデミー 獣医師の仕事に胸が熱く 藤岡陽子さんが語る執筆の舞台裏 「リラの花咲くけものみち」刊行記念トークイベント PR by 光文社
- 朝日ブックアカデミー 内なる読者を大切に 月村了衛さんが語る「作家とはなにか」 「半暮刻」刊行記念トークイベント PR by 双葉社