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元号にとらわれる私たち 作家・門井慶喜

  • 原武史『平成の終焉』(岩波新書)
  • BMC『特薦いいビル 国立京都国際会館』(大福書林)
  • 平松洋子編著『忘れない味 「食べる」をめぐる27篇』(講談社)

 原武史『平成の終焉(しゅうえん)』は、平成が終わってから読もうと決めていた。この著者が単に「時宜にかなう」というだけの理由で本を書くはずがないので、むしろ世間の改元さわぎが一段落したあとのほうが真価がわかるような気がしたのだ。

 その予想は正しかった。著者は言う。3年前、天皇明仁(本書の用語にしたがう)があの「おことば」で退位の意志を示したところ国民みんなが賛成したが、この経緯はじつは74年前、昭和天皇がラジオで終戦の意志を示したいわゆる玉音放送とおなじなのだと。

 天皇の直接の呼びかけで曖昧(あいまい)な民意がにわかに固まり、一方向に突進したと。私はここで慄然(りつぜん)とした。天皇の呼びかけが恐ろしいのではない。突進しだしたらもう「前からそう思ってた」などとうそぶいて反省しない民意というものの自己過信ないし自己催眠が恐ろしいのだ。

 民意はつまり創作できる。民意にそれと知らせずに。ゆくゆく悪意ある権力者に利用されませんよう。

 平成の前の元号は昭和。BMC(ビルマニアカフェ)はその発展期というべき1950年代から70年代に建てられたビルをこよなく愛する趣味人のグループだ。このたび出した『特薦いいビル 国立京都国際会館』は、写真多数、この1966(昭和41)年に完成した日本初の本格的な国際会議場の視覚的な魅力をたっぷりと教えてくれる。

 特にメインロビーは圧巻だ。巨大な吹き抜けにV字形の斜め柱をどんと置き、わざと床の高さを変えたりして、いま見ても近未来感にあふれている。

 3冊目はアンソロジー。平松洋子編著『忘れない味』は、明治、大正、昭和に生まれた作家らの「食べる」にまつわる佳篇(かへん)27篇をあつめている。鏑木清方のエッセイ、石垣りんの詩、閒村俊一の俳句(「白玉やほんまのことは言はんとこ」)、益田ミリの漫画……なかんずく江國香織の掌篇小説「すいかの匂い」の優雅な切れ味はわすれがたい。食べるという単一の行為が無限の色をわれわれの生(せい)にあたえている、その色見本のような本。

 歴史ずきの私としては各篇の初出年月を明記してほしかったが、編者はたぶん、故意に省略したのだろう。書誌情報などという雑音はひとまず消して、じかに本文にぶつかれという合図。どうやら元号というやつ、ときどき少し邪魔者らしい。=朝日新聞2019年6月9日掲載