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#14 長崎県民のソウルスイーツ「シースケーキ」 江本マシメサさん「長崎・オランダ坂の洋館カフェ」

文:根津香菜子、絵:伊藤桃子
机の上に置かれたのは、半円に切った桃とスライスされたパイナップルが、生クリームで飾られた長方形のケーキ。生ではなく、缶詰のフルーツが載っていて、どこか懐かしさがある。これがシースケーキと呼ばれるものらしい。(中略) なんといっても、生クリームがすごい。きめ細かくて、あっさりしている。口に入れた瞬間に、ふわっと雪のように溶けてしまう。そのあとを、スポンジに挟まった濃厚なカスタードクリームが追う。ふたつの甘さが互いに喧嘩しないように、上手い具合に調合されている。果物と生クリームとカスタードクリーム、スポンジとすべての素材が合わさって、上品な味わいとなっていた。(『長崎・オランダ坂の洋館カフェ シュガーロードと秘密の本』より)

 「食いしんぼん~ご当地味巡り編~」第3弾は、前回の北海道から“ばびゅ~ん”と南下した、長崎県にあるカフェを舞台にした物語です。

 オランダ坂の小道を入り込んだ先にある「café 小夜時雨(さよしぐれ)」は、雨の降っている夜だけ営業するという、不思議なこだわりのある喫茶店です。ある雨の晩、偶然お店に迷い込んだ女子大生の乙女は、オーナーの向井(無愛想イケメン・メガネ男子)と出会います。カフェのメニューは、一日一品のデザートセットのみ。やがて店でアルバイトを始めることになった乙女は、長崎のさまざまな伝統菓子を知ることになったのです。著者の江本マシメサさんに、長崎銘菓の特徴や、思い出のスイーツのお話を伺いました。

長崎のお菓子には物語や歴史がある

——「長崎と言えば」で思い浮かぶカステラから、希少な伝統菓子「甘菊」まで、様々な長崎銘菓が作中に登場しますが、その特徴はどんなところでしょうか?

 長崎には、「和華蘭(わからん)文化」と呼ばれるものがあります。和華蘭というのは、日本の「和」、中国の「華」、オランダ、ポルトガルなどの「蘭」を示す言葉です。古くから外国との交流があった長崎は、さまざまな国と交流する中で独自の文化が生まれました。中でも、長崎銘菓の数々はどれも個性と物語があるんです。例えば「桃カステラ」は、ポルトガルから伝わったカステラを、中国で縁起がいいとされる桃の形に仕立て、ひな祭りに食べて女子の健やかな成長を祈る、和華蘭文化を象徴するようなお菓子です。このように、異国文化を取り込んで大きく発展したのが長崎のお菓子です。美味しいだけではなく「物語」があることが最大の特徴であり、魅力かなと思っています。

——作中にも登場する、らせん状の形をした中華菓子「よりより」や、端午の節句に食べる習慣があるという「唐灰汁(とうあく)ちまき」など、長崎には面白い名前のお菓子がたくさんあるんですね。そのお菓子の由来や歴史を、オーナーが(不愛想ながら)乙女に教えてくれて、読んでいる方もお菓子で長崎の歴史を知ることが出来て楽しいです。

 同じ県内では、平戸市で発展した菓子文化も興味深いなと常々思っています。カステラを卵黄にくぐらせて、糖蜜の入った鍋に浸けた後、砂糖をまぶした「カスドース」には、かなりの衝撃を受けました。美味しいんですけど、か~なり甘いんですよ。その歴史も古く、室町時代に平戸藩主松浦家への献上用として作られた「お留菓子」だったんですよ。

——乙女が「Café 小夜時雨」で初めて食べた「シースケーキ」は、元々は楕円形だったことから、豆のさやの「pod」とつけるところを、英訳する際に刀の鞘(さや)を意味する「sheath」と勘違いして名付けられたとのことですが、江本さんはシースケーキに特別な思い出があるのだとか。

 小学生くらいの頃、家族でケーキを買いに行ったんです。その時、姉がガラスケースの中を見て「シースケーキだ!」とテンション高めに言ったんですよ。普段はクールな姉のテンションを上げたシースケーキとは一体どんなものなのかと尋ねたら、長崎にしかないケーキだと聞き、ますます興味が沸いてきたんです。その日、シースケーキを買ってもらって初めて食べたのですが、これがまた美味しかったんですよ。それ以来、ショートケーキよりもシースケーキ派になりました。長崎県内全てのケーキ屋さんで売っているわけではないのですが、見つけたら絶対にシースケーキを買うようにしています。

——江本さん含め、長崎の人にとっては「ソウルスイーツ」なんでしょうね。私、シースケーキは未食なので、どんな味なのか詳しく教えてくださいっ!

 シースケーキのスポンジはうっとりするほどきめ細やかで、上に乗っているシロップ漬けのモモとパイナップルは甘くて優しい味がします。スポンジの間に入っているカスタードクリームはあっさりしていて、上に絞ってある生クリームともケンカをしないんです。さわやかで品のある、長崎を代表するケーキだと思っています。私自身にとっても、シースケーキは思い出深いスイーツだったので、本作を読んだ方にも「シースケーキってなんだ⁉」とインパクトが残るのではと思い、1話目に出すスイーツとして選びました。

——カステラには渋い緑茶、抹茶パフェにはホットミルクなど、スイーツとともに供される飲み物のチョイスも毎回絶妙です~!

 カステラやシースケーキは子供の時から食べているので「このお菓子にはこの飲み物が一番合う」というのが自分の中で決まっているんですよ。なので、自分の好きな組み合わせを本作に仕立てました。

——長崎県以外で気になっている銘菓はありますか?

 岡山県の「きびだんご」です。何度かお土産でもらったことがあるのですが、とても美味しかったんですよ。味や発祥もさることながら「なぜ岡山県に桃太郎伝説があるのか?」というあたりを調べて物語の中に落とし込んだら、とても面白そうだなと思っています。