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「イタリアン・シューズ」書評 横たわる死 輝き放つ生の象徴

評者: 諸田玲子 / 朝⽇新聞掲載:2019年06月29日
イタリアン・シューズ 著者:ヘニング・マンケル 出版社:東京創元社 ジャンル:小説

ISBN: 9784488010874
発売⽇: 2019/04/24
サイズ: 19cm/349p

イタリアン・シューズ [著]へニング・マンケル

 あれこれ後悔することが私には沢山ある。うしろめたいことも。年齢を重ねると自分の欠点が見えてくるものだが、修正したくてもその柔軟さがもうない。
 本書の語り手、元外科医のフレドリック・ヴェリーンもしかり。ある事件をきっかけにスウェーデン東海岸群島の小さな島へ移り住み、老いた犬猫以外、話し相手といえば郵便配達人ぐらいの世捨て人のような日々を送っている。
 「見えないものは、ないものではなく、見過ごしてしまったものなのだ。」
 「人生は後戻りはできない。やり直しもきかない。」「たぶん私はすべての人間を軽蔑してきたのだろう。なにより自分自身を軽蔑してきたのだ。」
 毎朝、氷を割った海に身をひたし、生きていることを確かめる。家の中に蟻塚を置いて増殖してゆくのを眺める。彼は、孤独だ。
 そんな男のところへ、若き日の恋人――訳も話さず置き去りにした女――が訪ねてくる。しかも彼女は不治の病に侵されていた。彼女に迫られ、やむなく旅に出た男に思いもしない出来事が次々に降りかかる。閉ざされていた心の扉が否応なくこじ開けられる……。
 タイトルが不釣り合いなほど本書は重く暗い。胸をえぐられる。死が通奏低音のように流れている。だからこそ、なのか。彼の人生に突然あらわれた実の娘、反骨精神の塊のようなルイースの赤いハイヒールや、ハンディキャップのある娘、アンドレアの水色のハイヒール、そして靴職人のマエストロから贈られてきた黒革のイタリアン・シューズが「生」の象徴のごとく燦然と輝きを放っている。
 「死は跡形を残さない。たった一つ、私が苦手なもの、愛だけが例外だ。」
 著名なクライム・ノヴェル作家の手になる本書は、「最高傑作の一つ」「究極の恋愛小説」と本国で称賛、フランスでも二百万部を超えるベストセラーになったという。当然だと、私も大いに納得した。
    ◇
 Henning Mankell 1948年、スウェーデン生まれ。作家。著書に「刑事ヴァランダー・シリーズ」など。