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女性の壁 古い性差意識から抜け出そう 長谷川眞理子・総合研究大学院大学学長

国際女性デーのイベントに参加した女性たち=3月、東京都内

 日本は、国会議員や会社の管理職の女性割合が、世界先進諸国と比較して異様に低い。男女の賃金格差も、世界で下から何番目という状態である。
 こんな社会であることが、今の日本の弱さなのではないか、と私は考えている。先日、ある議員たちの集まりで日本の女性管理職割合の低さを指摘したら、議員から、「でも日本女性にそんな覚悟はあるのか?」と聞かれた。こういう反論はよくある。
 そこで、女性の状況を分析した本を読んでみた。『なぜ女性管理職は少ないのか』は、日本女子大学現代女性キャリア研究所が、2017年に開催したシンポジウムをもとに、詳細なアンケートやインタビューを行った、非常に丁寧な分析だ。
 小学校から高校までのリーダー体験に男女差はない。大学生の意識調査でも、リーダーをめざしたい志向に男女差はない。ところが、入社して2年目ぐらいから、「めざしたい」と思う女性の割合はぐっと落ちる。その原因は、多くの職場でそもそも女性には責任のある仕事を割り振らず、女性の能力を認めて昇進させようという雰囲気がないからなのだ。
 やってみて「やりがいがない」と思わせられる環境で、ずっと挑戦し続ける人は少ない。それを見て、男性の評価者が「女性自身が管理職を望まないのだ」と言うのは、根本的におかしい。

風俗で学費稼ぐ

 『東京貧困女子。』は、管理職問題とは打って変わって、女性の貧困ルポである。20代のごく普通の女子大学生が、学費や生活費に困る状況に陥る。そこで短時間で高収入を稼げる風俗に入る。奨学金をもらうと、卒業後に何百万円にものぼる借金を負う。そういう女性を買うのは中年男性たちで、彼らの彼女らに対する傲慢(ごうまん)な態度はすごい。職場で「女性は管理職になりたがらない」と言っているのは、こういう男性たちなのだろう。
 30代以上の女性の貧困の多くは、離婚してシングルマザーになったことから始まる。夫のDVなどが原因で離婚。元夫は早晩、養育費を払わなくなる。30過ぎたシングルマザーの就職口はわずかで、収入は低い。

恋愛も収入次第

 そして『変貌する恋愛と結婚』。これも「2015年社会階層とライフコース全国調査」という大規模調査をもとに、さまざまな世代の人々が、恋愛と結婚、子どもを持つことをどのように考えているかを分析したものだ。
 どの章も仮説検証型に事象を分析している。たとえば「結婚と子どもありの生活を望む人々の間で、年収による格差はあるのか?」。結果はその通り。昔はそうではなかったが、今の20代では、恋愛も結婚も出産も、収入と完璧に相関している。
 一見、まったく異なる話題を扱っている3冊だが、全部合わせると日本のジェンダー意識の構造が浮かび上がる。高度成長期以降、男女とも正規職が普通で、職場で知り合った男女が恋愛結婚し、男性の稼ぎは多く、女性は寿退職で専業主婦に。完全な男女分業とともに女性差別が温存される構造だ。今やまったくそういう状況ではない。
 男性の給与はそれほど高くなく、結婚しても共働きが必須。それなのに男性こそ稼ぎ手という考えは消えず、相変わらず会社人間の日本男性は家事・育児のコストを負わない。そして、女性は非正規雇用が多く、たとえ正規でも、物事を動かす決定者の役割など期待されていない。
 世界は、この30年ほどでずいぶん変わったが、日本はほとんど変わっていない。日本社会をダメにしている重要な原因の一つは、時代遅れのジェンダー意識であると、怒りとともに確信させる3冊であった。=朝日新聞2019年6月29日掲載