今では考えられないが、1970年代には多くの男子小学生が自転車やバットと同じく自分の「釣り竿」を持っていた。当時の少年にとって、釣りは野球の次くらいにメジャーな遊びだったのだ。その背景には1973年から始まった『釣りキチ三平』(矢口高雄)の大ヒットがあった。
昨年から「イブニング」(講談社)で連載されている『バーサス魚紳さん!』(矢口高雄・立沢克美)はそのスピンオフ。三平の兄貴分でライバルでもあった作中屈指の人気キャラクター鮎川魚紳が、バスプロの青木大介や磯のスペシャリスト平和(ひらわ)卓也など「実在するプロアングラー」と勝負するという斬新な作品だ。彼らが使う竿やリールの製品名もしっかり紹介され、『三平』以上にリアルな釣りマンガとなっている。
兄が社長を務めるAYUKAWA の顧問弁護士となって数年間釣りから離れていた魚紳に、月刊「アングラー」から第一線のプロとバトルをしてもらう「バーサス魚紳さん!」という企画が持ち込まれる。大企業の社長令息だったこと、弁護士資格を持っていること、父と磯釣りに行ったとき右目を失ったことなど、すべて『三平』で描かれた通り。最初の釣りは『三平』と同じく鮎の友釣りだ。ちなみに矢口高雄は秋田での銀行員時代に「全県鮎釣りコンクール」で2年続けて優勝しており、このオープニングも見事なオマージュとなっている。初登場時の魚紳はウイスキーを飲みながら釣りをしていたものだが、相変わらずの左党であり、口癖の「フフフ」も健在(第1巻だけで19回「フフフ」が出てくる)。立沢克美が現代的に洗練させたビジュアルにも違和感がなく、本作を読んで「こんなの魚紳じゃない!」と目くじらを立てる『三平』ファンは少ないだろう。
唯一、『三平』と大きく違うのは、弁護士として活動する魚紳の“日常”が描かれることだ。ご存じの通り、『三平』にはまったく学校が出てこない。かつて筆者が矢口高雄にインタビューしたところ、「釣りの面白さだけを描きたかったから、登場人物を限定し、学校生活も一切描かないと最初から決めていたの」とのことだった。やはり「実在のプロアングラー」を登場させる以上、魚紳の社会生活もある程度描かなければバランスが取れないということだろう。それにしてもマンガの企画とはいえ、主人公の魚紳に負ける役に実名での登場を快諾したプロアングラーたちも太っ腹だ。それも『三平』という釣りマンガの金字塔に対する愛あってこそかもしれない。
なお青木大介とのバトル終了後、魚紳が三平らしき人物と電話で話す場面がある。三平の登場はないと思うが、ほかの人物ならどうだろう? プロポーズした愛子との関係がその後どうなっているのかも気になるところだ。